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筆者はイスラエル滞在中、何度かヘブライ大学に脚を運び、イスラエルの大学生を ながめ、時に日本語なまりの英語で話かけてみたりした。そこで感じたことはイスラエルの大学生には英語に対する抵抗感のようなものがないということであった。ほぼ全ての学生が流暢に英語を使えるのである。もし日本の大学で外国人から英語で話しかけられたらどうだろうか。多くの者は大いに戸惑うのではないであろうか。日本の大学生のTOEFLテスト(英語圏以外の学生が米国の大学に留学する際に英語の実力をはかるテスト)の平均点はアジア諸国の中では低いほうに位地すると言われ、大学の入試にTOEFLテストを導入しようなどという話を耳にする。

イスラエルの大学生またイスラエルの社会をみながら思ったことは周囲の環境と いうものが教育の仕方よりも大いに影響を及ぼしていることである。日本での英語勉強は単に学校の試験のため、入試のためといったものである場合が多いと思われるか。日常生活で英語の必要にかられることはまずない。しかしイスラエルでは日常生活で必要にかられる状況がある。

イスラエルの街を歩いていると、実に多様な人々を目にし、実に多様な言語を耳にする。耳にした主な言語としては、イスラエルの公用語であるヘブライ語とアラブ語、英語、そしてロシア語である。あるアンケート調査で家々をまわったことがあるが、4ヶ国語のアンケート用紙を用意しなければならなかった。四国ほどの面積に兵庫県程度の人口しかいない国にしてはあまりにも多様すぎる。それには世界中に散り散りになった後に再び集結してきたユダヤ人とそしてユダヤ人が散り散りになった後にこの地に住みつき現在にいたるパレスチナ人といった複雑な背景がある。このような状況にいると言語の多様性は当然であり、言語の違う者同士の意志の疏通には必然的に何か共通言語のようなものが必要になってくる。英語の必要性そして英語を日常で使う機会はイスラエルでは大いにあるのである。

またイスラエルの大学では英語の文献を読むことは不可欠である。ひょっとするとヘブライ語よりも英語を読むことのほうが多いかもしれない。図書館には英語の書籍がたくさんあった。大学で催される様々な講演会も英語でされるものが数多くあった。それに対し日本の大学では日本語に翻訳された書籍、文献が数多くあり、日本語だけでも十分に勉強できるのである。筆者の大学時代を振り返ってみると、英語の文献を読んだ記憶は極わずかである。

さらに経済活動をする上でイスラエルでは英語の使用は必要不可欠である。以下日本経済新聞の平成10年1月5日付けの記事である。

「若い母親の間で、子供をエンジニアにして会社を設立させようという風潮が強まっている」この背景には、数多くのサクセスストーリーがある。97年末、ナスダック(米国店頭株市場)に株式公開したイスラエルベンチャーは100社に達したといわれる。ちなみに日系企業は16社しかない。

世界的ベンチャーを続々と輩出するイスラエル。育たない日本。国際的なベンチャーキャピタリストの原丈人氏は両国の差を「最初から世界を目指しているかどうかの違い」とみる。

人口580万人のイスラエルでは国内市場を当てにできず、独的で世界標準を握れる技術を開発せざるを得ない。日本は自国の市場が大きいために、まず国内市場を狙う。

今後世界がどのようになっていくかは分からないが、国際交流がさらに進み国という枠がなくなっていけば、日本人ももっと自然に英語などの他国語を扱えるようになるのではないだろうか。