割礼

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ユダヤ人としての重要なアイデンティティである割礼とは生まれて8日目に男児の生殖器の前部の皮を切り取ることである。イスラム教の国の一部では女児にもほどこすそうであるが、これは人権団体による抗議の対象となっている。というのも傷みを男児以上に伴い、将来の夫婦生活にも支障をきたすことがあるそうである。たまに医師の資格をもたない理髪師が女児に割礼をほどこして、女児が死亡するというような話も聞く。

男児への割礼は米国でも広く行なわれており、病院では男児出産前に割礼をほどこすかどうかの質問を行う。一般に行われる割礼(Circumcision)は包皮の内側に溜まってくる恥垢に細菌が繁殖しておこる炎症などを避けるという医学的な意味で行われている。

イスラエルでは旧約聖書に基づき男児にのみ行っている。ラビ(ユダヤ教指導者)の立合いのもと行なわれる。旧約聖書から見た割礼の意義としては以下のようなことが考えられる。

旧約聖書創世記第三章にエデンの園で蛇の誘惑によってアダムとイブが禁断の木の実を取って食べて、エデンの園を追われたというの話がある。創世記三章は当時パレスチナの地に住んでいたカナン人たちの「多産信仰」に対する反駁としての意味を持つと考えられる。カナン人たちは性行為を行うことが神を崇拝する一つの方法であると考え、その行為が宇宙の多産、肥沃、豊饒をもたらすものと信じていた。

創世記第三章の物語にみられる性的な要素

 1)禁断の実とは媚薬の性質を持ったものを指すこともありえた。
 2)いちじくの葉は性的な宗教の乱行と関連したものであった。
 3)アダムとエバは、肉体的恥ずかしさに打ち負かされて、下部を覆った。
 4)罪に対する罰は妊娠と出産の苦痛に関連している。
 5)生殖の神、蛇がそこにいた。

蛇がエバに与えた誘惑の言葉は神のように賢明になるというものであった。知るという動詞はヘブライ語で「ヨダ」といい、聖書では度々性交を意味する言葉として使われている。

創4/1「人はその妻エバを知った。」 創19/5「われわれは彼を知るであろう。」

カナン人が行っていた多産信仰とは多産の女神であるアシラとその相手であるバアル神を崇拝する信仰のことである。バアル神とアシラ女神の性交によって肥沃、豊饒、多産をもたらす力が与えられるというもので、多産の活動は神殿における売春という一つの儀式によっていっそう刺激されるものと信じられていた。申命記23/17,18をみると神殿娼婦、男娼たちは売春を行ってお金を稼ぐことにより、神々への献身ぶりを示した。エジプトで出土した飾り板に両手に蛇を持っているアシラ女神が描かれているものがあり、蛇とアシラ女神とは深い関連がある。

イスラエルの人々は多産信仰によってバアル神やアシラ神を崇める人々はいかなる者であっても罪を犯していると認識していた。預言者のイザヤやエレミヤは、いつも肉的性欲を淫行として糾弾していた。

割礼は淫乱を犯しているカナン人と自分たちを区別し、性に関わる部分を切ることで性を聖別し、神の選民の血統であるとの証としたと考えることができる。