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シロアムの池
ダビデの町にイエス キリストが生まれつきの盲人を癒す奇跡を行ったとされるシロアムの池があります。 紀元前1000年頃、ダビデ王とその従者たちとは、エルサレムの先住民エブス人を彼らが水をくみ上げる縦穴から兵を送り、その地を攻略した。(サムエル記下5/6-8) 旧市街の城壁の外のギホンの泉からシロアムの池まで続く地下水道には現在も水が流れています。 イエスが道を通っておられるとき、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生まれつきの盲人なのは、誰が罪を犯したためですか。本人ですか。それともその両親ですか。」イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、またその両親が犯したのでもない。ただ神の御業が彼の上に現れるためである。----」イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで泥をつくり、その泥を盲人の目に塗って言われた、「シロアムの池に行って洗いなさい。」そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。
エルサレムの旧市街の東、ライオン門を出ると、オリーブ山と呼ばれる小高い丘があります。エルサレム旧市街を見渡すことができます。
主の祈りの教会 だからあなたがたはこう祈りなさい、
オリーブ山の斜面、旧市街が見渡せる場所に「主の泣かれた教会」があります。これはイエス キリストがオリーブ山の山頂に立ち、当時のユダヤ教指導者の無理解を嘆き、エルサレムの将来を案じて、エルサレムのために泣いたという新約聖書の記述に基づいて1955年に建てられたものです。 「ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、お前に遣わされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど雌鳥が翼の下にその雛を集めるように、私はお前の子らを幾度集めようとしたであろう。それだのにお前たちは応じようとしなかった。見よ、お前たちの家は見捨てられてしまう。」
オリーブ山の斜面に広がるオリーブ園が人々の不信仰によって追い詰められたイエス キリストが人類の運命をかけて血の汗を流し、神の前に祈りを捧げたと言われるゲッセマネの園とされています。 「私は悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、私と一緒に目をさましていなさい。」そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたら、どうかこの杯を私から過ぎ去らせて下さい。しかし私の思いのままにではなく、御心のままになさって下さい。」 そしてイエスキリストが壮絶な祈りを捧げる中、弟子たちが眠りこけ、弟子の一人のイスカリオテのユダの裏切りによってイエス キリストが捕らえられたとされる「ゲッセマネの岩屋」があります。
○シオンの丘 旧市街の南西にあるシオン門を出たところにシオンの丘が広がります。シオンの丘は古来からイスラエルやユダヤ民族を象徴し、19世紀末頃から精力的にイスラエル建国のために展開された運動であるシオンニズムはこのシオンの丘に因んで名づけられました。 最後の晩餐の部屋
イエス キリストがユダヤ教の指導者たちによって捕らえられる前夜、イスカリオテのユダを含む12弟子とともに食事をしたのがレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画で有名な「最後の晩餐」です。最後の晩餐が行われたとされる場所がシオンの丘にあります。 この最後の晩餐はユダヤ教三大祭りの一つ、エジプトで奴隷だったイスラエルの民が神によってモーセに率いられ、エジプトから救いだされたことを祝うペサハ(過越の祭)の食事であったようです。ペサハに食べるマツオットというクラッカーのようなものがありますが、これがキリスト教会の聖餐式という儀式に使用されるクラッカーのようなものの由来になったようです。 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「取って食べよ、これは私の体である。」また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、「皆、この杯から飲め。これは罪の許しを得させるようにと、多くの人のために流す私の契約の血である。」
鶏鳴教会 聖書の記述によるとゲッセマネの園で捕らえられたイエス キリストは大祭司カヤパのもとに連れて来られたとされます。シオンの丘の斜面にその大祭司カヤパ邸の跡に建てられた鶏鳴教会があります。鶏鳴教会の名前はイエス キリストの予言のとおり、弟子のペテロが三度イエスを知らないと嘘をついた後に鶏が鳴いたという聖書の話に由来します。鶏鳴教会内にある石段は当時イエスキリストが祭司カヤパのもとに連れて来られる際に通ったとされています。
ペテロは遠くからイエスについて、大祭司の中庭まで行き、そのなりゆきを見届けるために、中に入って下役どもと一緒に座っていた。
鶏鳴教会の地下に大祭司カヤパ邸の地下牢の跡があり、そこにイエス キリストが十字架に架けられる前に留置されたとされています。現在その壁に人影のようなしみが浮かび上っていますが、それはイエス キリストをあらわしていると言われています。 十字架への道
紀元28・29年頃、イエス キリストはローマのユダヤ提督であるポンテオ ピラトにより、十字架刑を言い渡されます。聖書によるとピラトはイエス キリストを死刑にする意図はなかったようですが、ユダヤの民衆の強い要求により、極刑に処したとされています。ユダヤの民衆はイエス キリストの血の代償が後孫に及んでも構わないと言ったとされていますが、これが後にイエス キリスト殺しというユダヤ人迫害の材料の一つになってしまいました。 エルサレムの旧市街の東、ライオン門から旧市街の中心部へと続く道はイエス キリストが茨の刺のある冠を被され、重い十字架を担ぎ、ゴルゴダの丘へと向かったといわれる道で、ヴィアドロローサ(悲しみの道)と言われています。 ヴィアドロローサには14のポイントがあり、ここを巡礼するキリスト教徒たちは一つ一つの場所でイエス キリストの十字架の歩みを偲ぶようです。ちなみに当時の道は現在の地下に埋もれているそうです。 死刑の判決を受けたイエスキリストは茨の冠をかぶせられ、ローマ軍の兵士により鞭で打たれ、十字架を担がされます。ゴルゴダの丘への途中、大勢の民衆と悲しみ嘆いてやまない女性の群れとがイエスに従って行ったようです。イエスをいたわり、イエスの汗と血をハンカチでぬぐったヴェロニカという女性がいたとされ、そのハンカチにイエス キリストの顔が浮かびあがったと言われています。イエスは女性の集団に向かって、「エルサレムの娘たちよ、私のために泣くな。むしろあなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。」(ルカ23/26-28)と言ったとされています。
イエス キリストはエルサレムの神殿の崩壊を予言し、エルサレムの行くすえを憂えたとされます。現在中東和平実現への障害としてその帰属問題が取り上げられているエルサレム旧市街の神殿の丘はイエス キリスト当時ユダヤの神殿があったとされる場所です。イエス キリストが憂えたとおり、神殿は紀元70年ローマ帝国により破壊され、ユダヤ人たちの世界各地への流浪が始まったのです。 イエス キリストが処せられた十字架刑は、古代ペルシア人、カルタゴ人、ローマ人の間で行われていた死刑の形式で、極悪非道な罪を犯した者や奴隷に対する極刑でした。処刑者の頭上にはその名前と罪状を記した板がはりつけられたそうで、イエス キリストの場合、「INRI」と記された銘板が掲げられました。ラテン語の “Iesusu Nazarenus Rex Iudaerum”の略で「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」の意味だそうです。 聖墳墓教会 イエス キリストが教えた内容ならびにイエス キリストを信奉する集団は当時のユダヤ教指導者の権威基盤とそれまでの伝統に挑戦するものとなり、結局はユダヤ教から受け入れられずに終わってしまいました。 ユダヤ教徒としてのアイデンティティーと義は律法を遵守することによって確立されていました。それゆえ熱心なユダヤ教徒は一生懸命頑張って律法を守っていました。しかし、その場合おうおうにして自分の立っている立場の優位性をそうでない人と比べることによって自己を誇りとしてしまうことがありました。 当時、神殿には大きな献金箱がおいてありました。イエス キリストは多くの人々が献金して行くのをみる中で、ある一人のやもめがレプタ二枚を入れるのを見ました。一日が終わった後弟子達に「今日多くのひとが献金したが、一番多く献金したのはあの寡婦である」と教えました。 多額の献金をした者は、自分よりも小額の献金をしている者との比較で自己の優越性を感じていました。そのような者たちに対してイエス キリストは白く塗られている墓であり、死人の汚物や骨で一杯だとその偽善性を批判しました。 またイエス キリストは神に対し、我が父よと呼びかけていますが、これも当時のユダヤ教にとっては画期的なものでした。ユダヤ教では神は超越した創造主としての存在です。それに対しイエス キリストは神との親子の人格的交流を説いているのです。 イエス キリストはユダヤ教には受け入れられずに終わってしまいますが、十字架上で自らを殺害しようとする敵をも愛する崇高な愛を実践したことで、十字架に立ち会った者をして、神をあがめ、「ほんとうにこの人は正しい人であった。」と言わしめるに至り、新しい歴史の流れが始まるようになりました。 聖書によるとイエス キリストは復活し、エルサレムのオリーブ山頂から昇天したとされます。それゆえイエス キリストの再臨はオリーブ山でなされると信じるキリスト教徒もいます。 (復活した)「イエスは彼らをベタニヤの近くまで連れて行き、手を挙げて彼らを祝福された。祝福しておられるうちに、彼らを離れて、天にあげられた。」 参考 ★ キリスト教
★ ユダヤ教とキリスト教の救済観
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