ヴィア ドロローサ(悲しみの道)
紀元28・29年頃、イエス
キリストはローマのユダヤ提督であるポンテオ
ピラトにより、十字架刑を言い渡されます。聖書によるとピラトはイエス
キリストを死刑にする意図はなかったようですが、ユダヤの民衆の強い要求により、極刑に処したとされています。ユダヤの民衆はイエス
キリストの血の代償が後孫に及んでも構わないと言ったとされていますが、これが後にイエス
キリスト殺しというユダヤ人迫害の材料の一つになってしまいました。
エルサレムの旧市街の東、ライオン門から旧市街の中心部へと続く道はイエス
キリストが茨の刺のある冠を被され、重い十字架を担ぎ、ゴルゴダの丘へと向かったとされる道で、ヴィアドロローサ(悲しみの道)と言われています。
ヴィアドロローサには14のポイントがあり、ここを巡礼するキリスト教徒たちは一つ一つの場所でイエス
キリストの十字架の歩みを偲んでいます。
彼らがイエスを引いて行く途中、シモンというクレネ人が郊外から出て来たのを捕らえて十字架を負わせ、それを担ってイエスの後から行かせた。大勢の民衆と悲しみ嘆いてやまない女たちの群れとがイエスに従って行った。
イエスは女たちの方に振り向いて言われた、
『エルサレムの娘たちよ、私のために泣くな。むしろあなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。----』
(ルカ23/26-28)