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反ユダヤ主義

神殿の丘
○神殿の丘の簡単な歴史的背景
○神殿の丘のステイタス クオ
○黄金門

帰還法
○帰還法によるイスラエル市民権
○ユダヤ教のユダヤ人の定義

イスラエルとバチカン

自爆テロ

 

お薦めの書籍


 

反ユダヤ主義

ユダヤ人が嫌われてきた背景には一体何があるのか。ユダヤ教とキリスト教が大きくたもとを分けて、お互いに距離を置いてきたのにはどうした理由があるのか。これは簡単な問題ではないが、前回予告したように少し触れてみたいと思う。この問題はイスラエルの歴史編でも少しずつ触れていく予定である。我々が教会などで目にするイエスキリストの肖像画の多くは、金髪と青い目を持ち、頭の回りには絶えず後光がさすといった明瞭な神性を備えた一人の西欧人として描かれているものが多い。そしてユダヤ教とキリスト教には何の関係もない。ユダヤ教はキリスト教を準備するために存在した過去の宗教、あるいは民族宗教に過ぎないと見なされることが多い。しかしイエスキリストが現在のイスラエルの地に誕生し、活動したことは誰もが認めているところである。そして初期のキリスト教会はユダヤ的性格を色濃く残していたというのも使徒行伝の記述から事実と考えられている。のみならずイエスキリストの来臨の目的は、キリスト教と呼ばれる新しい宗教を打ち立てることではなくユダヤ教を刷新することであったという考えもある。ユダヤ教の制度に含まれる永遠の原則を、全世界において守り行うことができるものに変えようとしたのだという。

イエスキリストに関する議論はここではさておくことにして、とにかくユダヤ教とキリスト教は兄弟のような非常に近い関係を持っているのである。不幸なことはユダヤ教はイエスキリストの言動や行動を理解できず、十字架での殺害にいたり、初期のキリスト教会を迫害したのである。そして非ユダヤ人キリスト教会が次第に勢力を増すようになると、今度は逆にユダヤ教徒を迫害し、キリスト教への改宗を強く迫るようにするようになったのである。キリスト教はますます、勢力を持つようになり、逆にユダヤ教徒は祖国を失い、流浪の民として、キリスト教世界にいそうろうのような身になってしまった。キリスト教全盛時代にはキリスト教徒にあらずば、人にあらずというような状況になった。そのような状況はユダヤ教徒をさらに頑なにし、キリスト教社会の異端的存在になってしまった。それがユダヤ人を劣等人種、危険人種として攻撃する政治的、社会的、経済的な行動と宣伝活動である反ユダヤ主義へとつながっていくことになる。

19世紀末以降、反ユダヤ主義は欧米社会で大きな影響力を持つようになった。反ユダヤ主義は、没落していった人々に対しては、かなりの共感を持って受け入れられていったようである。日頃から、うっぷんのたまった状態にいる人々は、自分よりも、劣った人間を見つけることによって、心理的に安心するのである。また、危険性をあおり立てることによって、自分たちが行っている人種差別という不当な行為を不当であるという認識を麻痺させていくのである。 このような例は日本にも多く見られる。過去の在日韓国、朝鮮人差別、現在のいじめなどである。現在再び、反ユダヤ主義を始めとする人種差別が再燃している背景にはうっぷんのたまった状態にいる人々が、インターネットを通じて結びつき、うっぷんのはけ口として人種差別に走っているのではないかと思う。人間は多かれ少なかれ、過ちを犯すものである。過ちを犯したものの境遇に自らが立てば、自分も同じように過ちを犯す可能性は十分にある。ユダヤ教徒キリスト教、それぞれ過去の過ち、相手の立場を理解するように努め、他方をうっぷんのはけ口にするようなことのないようにする必要がある。

(引用した資料)

キリスト教のユダヤ的伝統の回復

 

神殿の丘

FBIはイスラエルに2000年にかけてカルトの活動に注意するように警告を発した。FBIはコード名『Project Megiddo』というイスラエルが2000年の到来とともに治安問題で特殊な状況に置かれていることを明確にした報告書を公表した。

エルサレムを目指すカルトグループが米国を始め様々な国からイスラエルに押しかけようとしている。そのためイスラエル政府は神殿の丘の治安維持対策の補強に巨額の投資をし、多くの警官を配備し、監視カメラやセンサーなどの防犯設備を改良している。今年に入って国外追放されるカルトグループのメンバーが跡を絶たない。神殿の丘はただでさえユダヤ教徒とイスラム教徒の間での緊張の場であるのに、そこにカルトグループ油を注ぎ、大爆発を起こしかねないのである。

神殿の丘の簡単な歴史的背景

神殿の丘の場所はユダヤ人とアラブ人がそれぞれ祖とするアブラハムがその子イサク(アラブ側はイシマエル) を神に祭物として捧げようとしたというモリヤの山として旧約聖書に最初にあらわれる。紀元前1000年頃、ダビデ王がエブス人のシオン要塞となっていたその場所を攻略し、ダビデの町の中核とした。そしてその子ソロモン王が神殿 (第一神殿) を建設したのである。神殿はユダヤ民族の待ち望むメシヤの象徴として崇拝されていた。ソロモン王の第一神殿 (紀元前586年崩壊) ならびにヘロデ王の第二神殿 (70年崩壊) と二つの神殿の侵略者による崩壊事件を経て、ローマ帝国、 初代キリスト教会、イスラム教徒、十字軍、イスラム教徒と様々な支配者の手を通過し、現在に至っている。ちなみにユダヤ教徒の聖地の嘆きの壁 (Western Wall) は唯一残った神殿の西の壁の跡である。現在その敷地は、中心に黄金のドームを持つイスラム教の聖地となっています。黄金のドームはマホメットが昇天した岩の上に立てられているのだと言われている。

ユダヤ教徒やキリスト教徒の中には神殿が昔存在していた神殿の丘に再建されることを信じる者がいる。ユダヤ教徒は待望のメシヤの到来を神殿の再建とともに希望しているのである。また2000年は新しいmilleniumの始まりであるが、研究社の新英和中辞典によるとThe millenniumにはキリストが再臨してこの世を統治するという神聖な至福千年という意味がある。聖書をかたく信じるキリスト教のファンダメンタリスト (根本主義者) はキリストキリストの再臨がエルサレムにてなされると信じている。神殿の再建はその象徴となるのであろう。

神殿の丘のステイタス クオ(Status quo:現状)

神殿の丘の入口は現在パレスチナ自治政府の手によって管理されている。ユダヤ人が入る際には数名の警備員が付き添い、祈りの言葉を口にしないか目を光らせるようである。(一般観光客も聖書の持ち込みは禁止されており、所持していた場合には入口で一時預りとなる。)

イスラエルは1967年の六日戦争勝利によってヨルダンから東エルサレムの主権を取った後も神殿の丘に関しては従来通り、イスラム教徒の手によって管理されることを容認してきた。

黄金門(Golden Gate)

神殿の丘の外壁に開かずの門がある。それが旧市街を取り囲む8つの門の一つの黄金門である。メシヤが到来し、その門を通ってエルサレム入城を果たすという伝説があるそうで、それを恐れたイスラム教徒が門を閉ざしてしまったそうである。ユダヤ教徒、キリスト教徒が信じるメシヤ到来あるいは再臨の場は神殿の丘と黄金の丘を眺めることのできるオリブ山の山頂と言われている。

神殿再建、メシヤの到来、終末の到来を熱烈に信じる一部のグループによって神殿のステイタス クオが崩され、イスラム教徒、ユダヤ教徒を交えた大混乱に陥る可能性が特に2000年を迎えるこの時に高まっている。ヘブライ語の「今日は」はシャロム。それは平和を意味する。その言葉どおり、平和が訪れ、2000年到来が平和の時代の到来となることを願う。

(引用した資料)

イスラエル地域別案内

 

帰還法

帰還法によるイスラエル市民権

イスラエルは建国以来、世界中に離散したユダヤ人たちの移民によって爆発的に人口を増やしてきた。しかし近年のユダヤ教とでない移民の増加に対し、イスラエルへの移民を許している帰還法(Law of Return)という法律に対し、制限を厳しくするべきだとの声が上がっている。帰還法とは、世界に類のないもので、建国二年後の1950年7月に導入された。歴史を通じてユダヤ人は単にユダヤ人というだけで迫害され、追放されてきた。最大の事件は、ナチス・ドイツによるホロコースト (holocaust) だった。このような背景のもと、ユダヤ人に安住の地を保証するために帰還法が制定されたのである。同法によるとユダヤ人の祖父あるいは祖母を持つものはイスラエルの市民権を得れることになっている。

ユダヤ教のユダヤ人の定義

ちなみにユダヤ教の「ユダヤ人」の定義は、「ユダヤ人の母親から生まれた者、あるいは、ユダヤ教に改宗した者」で「他の宗教に帰依していない者」である。「母親から生まれた者」というのは、現実的な認知上の問題から来るようである。母親がユダヤ人であれば、ユダヤ人としての出生は確実である。

また正規の手続を経て改宗した者もユダヤ人である。改宗するためには聖書、ユダヤ教の概念、戒律、礼拝法、祝祭日、ライフサイクル、ユダヤ史、ヘブライ語、ホロコースト等について学びかつ実践を始めなければならない。学習が終了すると、改宗者は3人のラビで構成されるラビ法廷で審査を受け、ユダヤ人となることが適切かどうかを判断される。

シオニストと篤実なユダヤ教徒のイスラエルという国の見解

このような議論はイスラエル建国以来続いてきたシオニストと篤実なユダヤ教徒側との、イスラエルの国のあり方に対する不一致を反映したものであると捉えることができる。一部の超正統派ユダヤ教徒はイスラエルの国自体を、シオニストが世俗的、現実的面で妥協して建国した国として、その存在を認めていないそうである。

篤実なユダヤ教徒にとってはイスラエルはユダヤ教の性格を前面に押し出した国であるべきなのである。それに対しシオニストにとってはイスラエルは世界中に離散したユダヤ人の血をひく者たちにとっての安住の地であり、移民はどんなことがあっても奨励されるべきであるのである。

近年の移民の動向

ただ近年の移民の動向を見ると異議が出てくるのも当然とみられるものがある。それは世界的移民の国米国で近年移民政策に大きな変更がもたらされ、永住権取得が極めて困難になったことと同様の理由である。

近年の傾向で顕著なのは旧ソ連からの移民の急激な増加であり、ユダヤ教徒の移民の数を非ユダヤ教徒の移民の数が上回ることである。そうした移民たちの手によってユダヤ教では御禁制の豚肉を販売する店まで現れている。また旧ソ連からの移民の政党が力を伸ばしてきている。前回の首相選挙ではロシア語のテレビCMが流されたそうである。それは現在米国の大統領候補者たちが、その演説にスペイン語を交えざるを得ない状況と類似している。

また現在のイスラエルの経済規模は一人当たりの国内総生産額で、ヨーロッパの規模にまでなっている。一ヶ月の平均賃金も1000ドルを超えており、コンピューター産業では先進諸国並みの賃金となっている。それゆえ経済的理由での移民が増加するのは当然の結果であろう。

移民の増加は当然、イスラエルの雇用、住宅、教育、貧困などの問題を生み出す。それは米国をはじめ移民を抱える国に共通の問題である。イスラエルの失業率は昨年、過去最低といわれながらも、8%であった。またイスラエルの5人に一人が貧困レベルの生活水準にあるといわれている。

このようなことから移民者の間でもユダヤ人との関係の薄い者は移民を控えるべきだと考える者もいる。四国ほどの国土、しかもその大半は砂漠であり、既に600万近い人口を抱える同国にこれ以上の人口増加はやはり多くの問題を生み出すことにつながるであろう。問題の根本解決には世界の経済標準化、世界全体が誰にとってもの安住の地になるというとてつもない大きな課題と対決せざるをえないのであろうか。

(引用した資料)

ユダヤ人について−ユダヤ人とは何か

 

イスラエルとバチカン

イスラエルとバチカンの関係は良いものとは言えない時期があった。カトリックは何世紀にもわたりユダヤ人はイエスキリストを否定した罪によって土地を追われ、流浪の民となったという見解を持っていたと言われていた。さらに言うならば、ユダヤ人は自らの罪を悔い改め、イエスキリストをメシヤとして受け入れるまでは自らの土地に戻ることはできないとしていたようである。しかし近年の関係改善の動き、特にイスラエルの国際的認知度をあげるための努力によって、1994年にはイスラエルとバチカンは外交関係を結ぶに至った。

その様な中、ローマ法皇のイスラエル訪問という話がもちあがるようになり、新千年紀の始まりとなるこの2000年に実現へと至ったのである。これは日本の天皇が戦後韓国を訪問できていないことと似ている点もあると思う。天皇の韓国訪問実現へ向けての取り組みも進められているそうである。過去を清算し新しい未来の両国関係を開くために必要なことだとの意見がある。本論のローマ法皇のイスラエル訪問に戻るが、こちらも過去の特にキリスト教徒がユダヤ教徒にしたことをどの様に清算するかという問題があったようである。

過去の清算

エルサレムポストの3月13日付けの記事によるとローマ教皇はユダヤ人に対して教会の過去に犯した罪に対する許しを乞うたそうである。上記に挙げたような教会のユダヤ人に対するスタンスを考えてみるとこれは画期的な出来事であるように思われる。

サンピエトロ寺院ではローマ法皇と枢機卿のメンバーが「贖罪の日」 "Day of Forgiveness" に開かれた儀式の中で教会の過去の過ちを7項目を挙げて言及したのである。ローマ法皇自身が過去にキリスト教徒によってユダヤ人が苦難を味わったことに許しを乞う祈りを捧げたそうである。ただしホロコーストに関しては特別な言及はなかったようである。ユダヤ人はホロコーストの悲劇がキリスト教徒のユダヤ人に対する偏見が一因であったという見解が強いようである。今回のローマ法皇のイスラエル訪問に反対するイスラエル国内グループの中にナチスの鍵十字とキリスト教の十字架をイコールで結んだプラカードを持ってデモを行なう者をテレビのニュースで見かけた。

しかしながら教皇自身が許しを乞うたことはやはり特筆すべきものであり、それを評価するユダヤ教指導者も多い。またほとんどのイスラエル人は教皇の訪問を肯定的に受け止めているようである。このような進展の背景にはローマ法皇ジョン ポール二世はポーランド生まれであり、元ポーランドの神父であり、ホロコーストを身近な出来事として知る者であるということが多いに働いているのではないだろうか。

聖地巡礼

法皇は3月21から26日までの訪問期間中、ベツレヘム、エルサレム、ガリラヤ湖とヨルダン川を訪れる予定である。

今回の訪問は個人的な巡礼の旅であるとされており、「神聖なサイトへの巡礼」、「平和のメッセージを広げるため」というのが訪問の主目的であるようである。キリスト教の救いの歴史をたどる聖地巡礼の旅を法皇自身も熱望していたようである。

ローマ法皇のイスラエル訪問が今後のユダヤ人とキリスト教徒との良好な関係、そしてイスラエルのキリスト教徒の大部分を占めるアラブ人、特にパレスチナ地域のキリスト教徒との平和的共存の足がかりとなればと思う。

 

自爆テロ

最近イスラエルとパレスチナの間での問題はさらに難しくなりつつあるようである。特にSuicide bomb(自爆)テロが頻発している。2001年6月1日にテルアヴィヴのディスコ場で起こった自爆テロでは19人のユダヤ人の若者が亡くなった。

自爆テロとはパレスチナ人が自分の体に爆発物を巻つけて、あるいは爆発物を載せた車両を運転して、人が密集する場所やバスなどで自らもろとも爆発させるというものである。パレスチナ人の中ではユダヤ人を殺せば死後天国に行けるという考えがあるようである。

自爆テロを主に主導しているのがハマスというイスラム原理主義の集団である。ハマスはモスクや社会サービスの施設を通して、メンバーを募集し、活動資金を集め、組織活動、宣伝活動を行うと共に地道な社会サービスも行っているそうである。財政はパレスチナ人、イラン、サウジアラビアからの私的な支援、他のアラブ諸国からの援助によりやりくりしている。

自爆テロの実行者を募るにあたり前述のユダヤ人を殺せば死後天国に行けると教えるだけでなく、残された家族に対する援助なども約束するようである。自爆テロの実行者は難民キャンプなどで貧しい生活を送り、またイスラエルに対する恨みをもったものが多いようである。そう考えると自爆テロは犯罪行為であるが、自爆テロ実行者も被害者であると思える。

イスラエルに恨みをもつパレスチナ人とテロによってパレスチナ人に恨みや不信感をもつユダヤ人が「右手にコーラン、左手に剣」と「目には目、歯には歯を」、パレスチナ人がで復讐し合うと、今後も被害者は増えていくばかりであろう。

ニュース報道はパレスチナ人のテロやそれに対するイスラエルの報復攻撃を大きく報じ、ニュースを見ている人々に和解への道は遠く不可能でさえあるように感じさせる。しかし、イスラエルとパレスチナまたユダヤ教とイスラム教それぞれ和解への努力を地道にしている人たちがいることは確かである。

筆者がイスラエルに滞在していたとき、ユダヤ人の若者がパレスチナ人男性を棒で殴り殺した事件があり、ユダヤ人の平和を目指す団体がその被害者の家庭を慰問するのに同行したことがある。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三宗教の聖職者による座談会形式の対話などもあった。宗教の聖職者による宗教間の対話と和解への試みは現在もNGOのグループなどにより続けられている。

ニュース報道にはあまり現れないそのような地道な活動が広く人々に知られるようになることを願うばかりである。特にユダヤ人とパレスチナ人の大衆に両者の和解への動きが広く知られるようになれば、それぞれの世論も変化していくのではないであろうか。

パレスチナ人のテロやそれに対するイスラエルの報復攻撃というのは人々の関心を集めるニュースねたではあるが、それとともに地道な和平への草の根活動も報じられないものかと思う。恨みや不信感は以外とそのような草の根活動によって取り払われるのではないかと思う。

(引用した資料)

ハマス(イスラム抵抗運動)