守りの盾作戦

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2002年3月からイスラエル軍により行われた西岸地区の占領とテロリスト拘束作戦をDefensive Shield(守りの盾作戦)という。

オスロ協定は1996年に結ばれた。2000年8月、パレスチナ自治政府アラファト議長は最終解決案(クリントン案)を提示された。アラファト議長はその受け入れを拒否し、その1、2ヶ月後、状況は暴動による対立へと悪化した。

○イスラエル側の主張

イスラエルはおよそ2000年9月から1年半の間に1万4千件以上のテロ攻撃を受け、500人以上の犠牲者が出た。その内の3分の2は一般人であった。

こういう状況の中、テロの拠点を押さえる以外に根本的なテロ防止策がないとイスラエル政府は判断したようである。またパレスチナ自治政府の中心組織でありアラファト議長に率いられているファタハによるテロ攻撃の増加もイスラエル政府にパレスチナ自治区攻撃を決意させる大きな要因になったと考えられる。

イスラエル国防軍によると守りの盾作戦で驚くほど巨大なテロ基盤が発見され、パレスチナ自治政府とテロ組織の間にあるつながりが明らかになったそうである。

イスラエルは以下の証拠をつかんでいるそうである。

パレスチナ自治政府は直接テロリストに資金を与えるか、パレスチナ自治政府から給料が支払らわれるようにしている。
ファタハはアラファト議長直轄のテロ組織として使われている。

パレスチナ自治政府はテロを支援するシリア、イラク、イランの3カ国との明白なつながりがある。
            ●シリアはダマスカスに公然とテロ組織の事務所を公然と開設している。
            ●イラクは自爆テロ実行者の家族に2万5千ドルを提供している。
            ●イランは直接武器を送ることでテロを支援している。

対テロ作戦に関するイスラエルの考え方

パレスチナ自治政府は民衆を考慮せず、世界中からパレスチナ自治政府に送られる資金は指導者たちの懐に納まる。アラファト議長は何のテロ防止策もとらない。したがって、自衛ためにテロ防止をするのはイスラエルの責任である。包囲の下に置かれたり、検問所で長く待たされるパレスチナの人々には同情する。しかしこれはイスラエルの意図ではない。たびたび救急車は武器や爆発物や指名手配者を密かに移送するために使われていた。このような複雑な状況にもかかわらず、イスラエルはパレスチナ自治政府に必要な電気、水、食料を供給し続けている。しかしイスラエルはテロを容認するわけにはいかない。

 

上記のイスラエル側の主張はもっともなことだと思う。しかし一方で抑圧された状態にいるパレスチナの一般民衆がおり、イスラエルの攻撃で犠牲になっている一般人が多くいる。

守りの盾作戦後のパレスチナの一般民衆の状況を知ることができるサイトのリンク

●TNN(田中宇の国際ニュース解説)

パレスチナ・西岸紀行(1)
パレスチナ(2)検問所に並ぶ
パレスチナ(3)外出禁止令の町

 

中東和平問題はイスラエルとパレスチナどちらか一方だけに偏った見方をするわけにはいかないと思う。今後も何らかの妥協点を見出すべく政治的かけひきが続くことと思われるが、最終的には相互理解と相互の信頼回復を模索するしかないであろう。

パレスチナ人のテロで死亡したユダヤ人から臓器移植を必要とするパレスチナ人へ臓器移植がなされたというニュースを耳にしたが、そのような民族間の憎悪を超えた人類愛というものが唯一の救いとなると思われる。