3宗教の和解の試み

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米国主導の中東和平へのロードマップなど中東問題の政治的解決に関してはマスコミなどでもたびたび報じられご存知の方も多いかと思われる。

しかし真に友好関係を築くためには相互を尊重し合える相互理解というものが不可欠であろう。政治的解決は表面的な解決はできても根本的な解決には至らないのではないのではないか。中東問題にかかわる国や民族の背景には主にイスラム教、キリスト教、ユダヤ教の3つの宗教が挙げられる。中東問題を複雑にしているエルサレム問題は3宗教に絡むものである。

米国聖職者聖地巡礼とピースラリー

2003年に三度にわたり米国のキリスト教とイスラム教の聖職者がイスラエルを訪問し、イスラエルのユダヤ教聖職者とともに3宗教の相互理解を深める試みがなされた。これは中東問題解決へのひとつの糸口になるのではないかと思われる。今後イスラム教、キリスト教、ユダヤ教の3つの宗教間の相互理解を深める面からの中東問題解決の道も模索されるべきであろう。

詳しくは Peace Rally (英語)

フリードリッヒ2世とアル カミール

過去イスラム教徒の間に大きな禍根となった十字軍の時代にも宗教間の相互理解を通した和平が築かれたひと時があったようである。

文明への道・エルサレム、和平・若き皇帝の決断

一滴の血も流さずイスラム側と粘り強い交渉を重ねエルサレムに10年の平和をもたらした神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世に関するHNKのドキュメンタリー。

キリスト教とイスラム教の文化が渾然一体化した環境のシチリア島で生まれ育ったフリードリッヒ2世はアラビア語に堪能でアラブ文化の理解も深かった。神聖ローマ帝国の皇帝に任命され、ローマ教皇に対して十字軍を率いて聖地エルサレムを奪還・征服することを約束することになった。武力を使わずにエルサレムを征服してみせるとの決意のもとアイユーブ朝のアル カミール君主と粘り強く交渉し、エルサレムを共同統治するに至った。ドームの丘はイスラム教の聖地にして、他をキリストスト教の聖地とし、キリスト教徒でもドームの丘に規則さえ守れば自由に出入りできるようになった。