神殿の丘

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FBIがイスラエルに2000年にかけてカルトの活動に注意するように警告を発した。FBIはコード名『Project Megiddo』というイスラエルが2000年の到来とともに治安問題で特殊な状況に置かれていることを明確にした報告書を公表した。

エルサレムを目指すカルトグループが米国を始め様々な国からイスラエルに押しかけようとしている。そのためイスラエル政府は神殿の丘の治安維持対策の補強に巨額の投資をし、多くの警官を配備し、監視カメラやセンサーなどの防犯設備を改良している。今年に入って国外追放されるカルトグループのメンバーが跡を絶たない。神殿の丘はただでさえユダヤ教徒とイスラム教徒の間での緊張の場であるのに、そこにカルトグループが油を注ぎ、大爆発を起こしかねないのである。

神殿の丘の簡単な歴史的背景

神殿の丘の場所はユダヤ人とアラブ人がそれぞれ祖とするアブラハムがその子イサク(アラブ側はイシマエル) を神に祭物として捧げようとしたというモリヤの山として旧約聖書に最初にあらわれる。紀元前1000年頃、ダビデ王がエブス人のシオン要塞となっていたその場所を攻略し、ダビデの町の中核とした。そしてその子ソロモン王が神殿 (第一神殿) を建設したのである。神殿はユダヤ民族の待ち望むメシヤの象徴として崇拝されていた。ソロモン王の第一神殿 (紀元前586年崩壊) ならびにヘロデ王の第二神殿 (70年崩壊) と二つの神殿の侵略者による崩壊事件を経て、ローマ帝国、 初代キリスト教会、イスラム教徒、十字軍、イスラム教徒と様々な支配者の手を通過し、現在に至っている。ちなみにユダヤ教徒の聖地の嘆きの壁 (Western Wall) は唯一残った神殿の西の壁の跡である。現在その敷地は、中心に黄金のドームを持つイスラム教の聖地となっています。黄金のドームはマホメットが昇天した岩の上に立てられているのだと言われている。

ユダヤ教徒やキリスト教徒の中には神殿が昔存在していた神殿の丘に再建されることを信じる者がいる。ユダヤ教徒は待望のメシヤの到来を神殿の再建とともに希望しているのである。また2000年は新しいmilleniumの始まりであるが、研究社の新英和中辞典によるとThe millenniumにはキリストが再臨してこの世を統治するという神聖な至福千年という意味がある。聖書をかたく信じるキリスト教のファンダメンタリスト (根本主義者) はキリストキリストの再臨がエルサレムにてなされると信じている。神殿の再建はその象徴となるのであろう。

神殿の丘のステイタス クオ(Status quo:現状)

神殿の丘の入口は現在パレスチナ自治政府の手によって管理されている。ユダヤ人が入る際には数名の警備員が付き添い、祈りの言葉を口にしないか目を光らせるようである。(一般観光客も聖書の持ち込みは禁止されており、所持していた場合には入口で一時預りとなる。)

イスラエルは1967年の六日戦争勝利によってヨルダンから東エルサレムの主権を取った後も神殿の丘に関しては従来通り、イスラム教徒の手によって管理されることを容認してきた。

黄金門(Golden Gate)

神殿の丘の外壁に開かずの門がある。それが旧市街を取り囲む8つの門の一つの黄金門である。メシヤが到来し、その門を通ってエルサレム入城を果たすという伝説があるそうで、それを恐れたイスラム教徒が門を閉ざしてしまったそうである。ユダヤ教徒、キリスト教徒が信じるメシヤ到来あるいは再臨の場は神殿の丘と黄金の丘を眺めることのできるオリブ山の山頂と言われている。

神殿再建、メシヤの到来、終末の到来を熱烈に信じる一部のグループによって神殿のステイタス クオが崩され、イスラム教徒、ユダヤ教徒を交えた大混乱に陥る可能性が特に2000年を迎えるこの時に高まっている。ヘブライ語の「今日は」はシャロム。それは平和を意味する。その言葉どおり、平和が訪れ、2000年到来が平和の時代の到来となることを願う。

(引用した資料)

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