無明煩悩に覆われた者であっても、その奥には清浄な本性があり努力すれば仏となる可能性、仏生を持っていると力説した
○永遠の仏陀観
大乗仏教では仏陀を最高の理想像として仰ぎ、宇宙の生命を仏陀の本体としてとらえ、存在の根源を永遠の仏陀として理解した
華厳経の毘盧舎那仏、密教の大日如来、法華経の久遠本仏、浄土門の阿弥陀仏
奈良の大仏は毘盧舎那仏、鎌倉の大仏は阿弥陀如来
如来:真如(真理と存在の根源)から来るという意味
仏教は創造の神を説いていないが、永遠なる根源を説く思想が現れた。
四、鎌倉仏教
鎌倉時代に現れた新しい日本仏教の諸宗派は全て天台宗から出たものであり、天台宗は鎌倉仏教の生みの親の役割を果たしながら現在に伝えられている。
人間は本能的に恐怖や苦痛から身を避けようとする。人々に死を忘れず生死に真摯に取り組もうと言っても、むしろ人間は何とか死を忘れようと意識的にも無意識的にもつとめる
平安末から鎌倉にかけての社会はあらゆる面に死が露出し生を脅かした。現実が楽しむことのできない苦界であり、苦に満ちた人生であるとすれば人々は楽しむべき愛すべき世界を他の世界に求めるようになる。当時死後の極楽浄土を求める思想が強く人々の関心を引いたのはその故である。そうした中法然は末法の時代汚濁の世相を凝視し、同時に自らの本性を省みながら、罪悪生死の凡夫が救われる道を求めた。
法然9才の時、父が夜襲をかけられその時負った傷がもとになって亡くなる。
父の遺言:「敵を恨んではならない。仇討ちをすればその恨みは尽きず争いは何代も絶えないであろう。世俗の世界から出家して私の菩提を弔い、自らの解脱を求めよ。」
法然の出家求道の課題:生死をめぐるすさまじい愛憎執着の世界にあって、如何に恨みを越え、憎しみを離れた平安な世界に自他共に救われるかということ
平安時代の中頃から鎌倉時代の初めまでの間天災地変が多く起こった。その結果凶作があり、飢餓と疫病が大流行した。人々は末法到来を感じとった。人々はこのような社会からの救いを政治と仏教に求めた。しかし天皇を中心としてそれをとりまく貴族たちと、貴族勢力の繁栄を祈ることに賢明であった古代仏教とでは現実の政治と宗教を支配することはできなくなっていた。それでも人々はあくまでも仏教に最後の救いを求めることをやめなかった。
法然は43才まで長い精神の葛藤が続く。「出離の志しは深く、様々な教法を信じ、様々な行を修める。仏教多しといっても、つきつめれば戒・定・知慧の三学に至る。しかし悪行煩悩の絆を断たない限り解脱の道はない。」
罪悪凡夫の自覚 己自らを凡夫と自己認識することではなく、何とかしてそれを離脱せんと必死にもがいて、しかも脱し得ぬ悲痛な叫び、救いようのない悲嘆である。生死の危機に直面したとき、世間の人々が如何に弱く醜い存在であるか、世俗的価値、世間の虚飾が如何に役に立たないかを暴き出し、真実とは何か、人生の生きがいは何かを真正面から問いただす。自身の現実、内面の真相が照らし出されてくる。生死の問題を突き詰めていくと必然的に罪業の問題と不可分に関わってくる。法然が世間を見渡したとき、そこに自分と全く同類の人々が救いを得られぬままに苦しんでいるのを見出した。自分の救いと大衆の救いとは同じく与えられねばならないと考えた。本来仏の慈悲は一切衆生の救いにあるはずだと。
法然は43才の時に、唐の善導の「観経疏」の一節により悟りを得る。ただ一心に南無阿弥陀仏と唱える念仏だけで、如何なる罪深い人、如何なる愚かなる者もことごとく極楽往生できる。それこそが阿弥陀仏が選び取った本願である。この阿弥陀仏によって選択された本願の念仏の発見に、長い間求め苦しんでいた大疑問が解けた。末法の世に罪深い自らを救うべき道が既に用意され、慈悲の中に抱かれ、念仏の光明に照らされる自己を発見した。凡夫の救われる道は自力を超絶した絶対者による救いの力を信じる以外にない。絶対他力の仏に今現に摂取され、救われているという直感的な宗教的体験がその後の法然の信仰の根底となる。他の修行を捨てて念仏一行に帰した「専修念仏」の行者の心のありようを安心という。法然は唐の善導大師に倣って三心を挙げ、その核心を「深心」においた。
深心とは深く信じる心
1、自らは罪深い凡夫であり、救われる可能性は全くなく、地獄の業苦を免れることのできない恐ろしい存在であることを信じる
2、凡夫をこそ救うために絶望の底に阿弥陀仏の慈悲の光が注がれ、本願の力が無量に働いている事実を信ぜしめられ、信を頂いたと感じる
阿弥陀仏の光明があまねく全世界を照らし、万民を救うと信じて、一心に念仏を唱える者は必ず生死を越えた真実の仏の世界に往生することができると説いた。
顛倒の見:逆さまの見方
本来は真実(仏)あっての自分(我)であり、真実(法)に随順してこそ真の自己(我)であり得るのに、凡夫は常に自己中心的にものを見、真実の法に背き、自分の我欲煩悩にとらわれている。底に凡夫の我顛倒の過ちがある。
顛倒を脱する方法として法然は真実の仏の働きに全てをゆだねるしかないとする。絶対者の側からの恩寵、他力を強調する。
自己中心から法(絶対者)中心へと心が転じる回心、以前の自己が内部から崩壊し、自分が死んで新しい生に蘇る再生・復活、自分の生ではなく絶対者の生を生きる新生は広く宗教神秘主義にみられる。法然もこのような一種の神秘体験があったに違いない。法然は何か宇宙的真理の生ける実体に無限に抱擁されているという受動感、特殊な心の喜び、高揚感と平安といった実感・直感によって正見に照らされている自分を発見したのである。
信じることも凡夫が起こす信には違いないが、単に信ずるというのではなく、信ぜざるを得ない、信ぜしめずにおれないという仏からこちらに回廻された信、「たわまりたる信心」となる。何人の念仏、如何なる心の状態での念仏も功徳は等しいとする。阿弥陀仏の本願による絶対的救いを人間の相対的見方を持ってうかがうことは全て顛倒の見方である。
◆参考になるサイト
世界史講義録:インドの諸王朝(大乗仏教、ヒンドゥー教)