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共産主義
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一つの体系的な思想が出現するとき 次のような二つの主要な要因が複合的に作用する。
1、主体的要因 思想家の心理、性格、個性及び人生観、世界観、歴史観などの精神的条件
2、対象的要因 政治的、経済的、社会的、宗教的なあらゆる状況や事態

疎外論 マルクスの言う4つの疎外の概念 

Early Marx 疎外  | Later Marx 資本論

マルクスの生涯における4つの心理的葛藤
1、家庭の宗教問題 ユダヤ教からキリスト教への改宗をめぐる問題
  宗教に対して怨念を抱くようになった
2、大学教授志願の挫折
3、イェニーとの結婚問題 結婚に反対していた母が親戚にそそのかされてマルクスへの遺産分配を拒絶。孤独感 私有財産への反感
4、ドイツ国籍の剥奪
  国家により人間性が奪われる。憎悪、怨念をさらにもった 

一、人間疎外論 (The Theory of Human Alienation)

1、労働生産物の労働者からの疎外
生産物は労働者が労働を投入することでできる。生産物は労働者のものであるが労働者の手に直接手に入らない。

2、労働者の労働からの疎外
労働の結晶としての生産物が手に入らないことは労働者と労働の疎外を意味する。労働は強制となり苦痛となる。

3、人間の類的本質からの疎外
猿が道具を使って労働し始めたとき言語が必要になった。言語を使うことによって顎が発達し、大脳が発達し人間へと進化した。人間の人間たるゆえんは労働である。人間の類的本質は労働である。

4、人間の人間からの疎外

○労働者の搾取(exploitation)が起こる理由

資本家は自己中心的になって物質的生活のみを追求している。それ故資本家は労働者から労働生産物を疎外させていると言うよりは人間としての価値、個性から疎外させているのである。

人間には2つの価値観がある。1つは性相的価値観(心・美・善の追求)、もう1つは形状的価値観(衣食住の追求)である。労働者は前者の精神的価値、個性を無視されているのである。

○歪められた資本に対する見方

マルクスは資本をあたかも獰猛な動物であるかのようにみた。資本を増やしていこうとする欲望は資本自体の中にあり、資本家の中に存在するのではないと考えた。しかし資本が有効に使われる場合も数多くある。資本が公共の福祉の為に寄付されるようなこともある。資本自体が悪なわけではない。資本は社会主義国家にも存在する。1920年代のソ連では農村から都市に多くの人々が安い労働力として動員されて資本の原始蓄積が行われていった。その結果経済発展をもたらした。

○プロレタリアートの偶像化

マルクスはプロレタリアートや共産主義者の人間本性について考えなかった。プロレタリアートが絶対善だとするのは明らかに幻想である。

問題は分配の平等性である。累進課税等の税制、労働基準法など労働者の立場を守る法律等を整備することができる。現在では労働者が一致団結して労働組合を作るなどして制度上分配は比較的平等に行われている。

○本当の人間疎外

人間は労働生産物を失っているのではなく、人間としての価値、個性を失っているのである。人間が真・美・善の生活を失っていることを意味する。

○人間疎外の解決

人間の本然の価値を知り、実践する。

二、共産主義唯物論 (Communist Materialism)

哲学の党派性 : 全ての哲学、思想は一定の階級の利害を反映しているとする。

アリストテレスの哲学は古代ギリシャの支配階級の利害を反映しているとする。しかし実際思想体系は真理性の上に立って構築されている。

○物質の概念

現代科学 : 物質とは何かという問に対する答は最終的に非物質にいたる。

光も粒子も共に粒子性と波動性を併せ持っているという事実と、質料とエネルギーが相互に変換するという事実から物質の究極は一定の大きさと形をもった不変の粒子であるという物質観を捨てざるを得なくなっている。

○観念論と唯物論 (Idealism and Materialism)

キリスト教は純粋精神である神が無から有(ex nihilo)を創造したとする。それに対し唯物論は精神は高度に発達した物質、すなわち脳に由来すると説く。唯物論で脳と精神の関係を考えると精神の肉体への働きかけを説明することができない。例えば肉体が睡眠を要求しているときにそれを我慢して活動することは精神作用に由来する。

物質は精神に由来するのではなく、また精神は物質に由来するのでもない。

精神と脳の関係はTV局とTVの受信装置との関係に例えられる。脳が事故か何かで損傷をうけたとき正常な精神作用が失われることがあるが、それはTV受信装置の故障でTV局の電波を受信できなくなった状態に例えられる。

○物質の運動 (The Motion of Matter)

キリスト教の古典的理論では神は天宙の不動なる動者(Unmoved Mover)

機械的唯物論では天宙は時計のように精巧にできておりそれを作動させた最初の一撃としての神を考える。

共産主義によると運動とは対立物の闘争によって起こる。

○共産主義の人間観 (The Communist View of Man)

猿が労働を行い言語を使うようになり、思考するようになり、人間になった。労働が人間を人間たらしめている。人間の最も重要な要素は労働である。共産主義政治犯罪人を洗脳するための強制労働収容所はこの思想に基づいている。労働しない、革命に反対する人間は猿に等しい。大量虐殺はこの思想によって正当化されている。


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三、唯物弁証法 (Materialist Dialectic)

ヘーゲルは自然と歴史と精神を絶対精神の自己展開による連続的な発展過程として、正反合の三段階過程を繰り返しながらの発展として扱った。マルクスは絶対精神を否定した上でこれを受け入れて、階級闘争を合理化する理論として唯物弁証法を打ち立てた。

唯物弁証法の基本的な特徴

1、相互関連性と変化 (Interconection and Change)

1)相互関連性について

全てのものは相互に関連しながら変化していく。

二つの疑問

●何故相互関連性で存在しているのか。存在論的疑問
●個別の存在について言及していない。全てのものは個体としても存在している。

宇宙の全ての事物は共通目的を中心として相互に関連し合っている。唯物弁証法は相互関連性に目的を認めず、法則性だけで相互関連性を説明しているが、法則性の背後には必ず目的性がある。目的性のない相互関連性はありえない。

個体と相互関連性との関係

キリスト教は個性を尊重する。一方マルクス主義は連体性を強調する。事物に必ず二面性があるのは各個体が個体目的と全体目的の二重目的をもっているからである。

2)変化について

全ての事物の不断の変化、発展を強調。哲学、キリスト教 神は永遠、不変、絶対、発展しない、満ち足りていて何も必要としない。

リンゴの木は成長しリンゴを実らせていくがリンゴであることに違いはない。自己同一性、自己保存と発展、変化は共存する。

2、対立物の統一と闘争の法則 (The law of the unity and struggle of opposites)

統一と闘争 : 対立物は互いに必要とし合いながら闘争する。

対立物の統一は相対的であって、闘争のみが絶対的である。対立物の闘争によって事物は発展する。

エンゲルスが挙げた対立物の実例

磁石 : 半分にすると、各々の部分に必ず対立物であるN、S極が現れる。

N極とS極は磁場を形成している相対的な要素であり、両極の引き合いは発展とは関係のない静的な現象である。

Worm(細長い虫) : 半分に切ると、各々の部分に必ず対立物である口と肛門が現れる。

口と肛門は生存の目的を中心として備わっており、それらの協助によって発展(成長)する。

全ての事物はその中にある主体と対象の相対的要素が共通目的を中心として授受作用することで変化し発展する。対立物の闘争は事物の中にある二つの要素の利害が相反する場合に起こる現象である。二つの要素の利害が一致し、目的が共通である場合は調和ある発展がなされる。

3、量的変化の質的変化の法則 (The Law of the Transformation of Quantitative into Qualitative Changes)

量的変化がある一定の段階に達すると、飛躍的に質的変化が起こる。資本主義から社会主義への移行は資本主義制度の質的変化、すなわち革命によってのみ実現され得る。

a)水の状態変化の例 

水を沸かすと100度に達したとき水蒸気に変化する。

平常時でも水蒸気への変化は起こる。

b)綱の切断、ボイラーの爆発の例

天井から垂らしたひもにつける重りを増やし続けるとある時ひもが切れる。
ボイラーをたき続けるとある時爆発する。

切断や爆発によっては新しい質の綱や新しい質のボイラーは現れない。

4、否定の否定の法則 (The Law of the Negation of Negation)

事物の発展において、古い段階が否定されることによって新しい段階に移り、それが再び否定されることによって第三の段階に移る。この第三の段階への移行は高い次元における第一の段階に復帰することを意味する。

エンゲルスの挙げた例

卵が否定されて蝶になり、蝶が否定されて卵になる。

卵が胚子と養分の闘争によって否定されて幼虫になるのではない。また蝶は卵を生むことにより否定されて死ぬのではない。蝶としての使命を終えたから死ぬのである。

大麦の種が否定されて大麦になり、大麦が否定されて大麦の種になる。

胚芽、胚乳、種皮どれも皆発芽して植物になるという共通目的の下に存在している。大麦のような一年生の植物の場合、花を咲かせて、種を生じて、ひとたび成長し尽くした後は枯れるが、否定されて枯れるのではなく、その使命を終えて自然に枯れていくのである。

全ての事物は自然においても、社会においても、その中にある主体的要素と対象的要素が円満な授受作用を行うことによって、あるいは他の事物との間に主体と対象の関係を結びながら円満な授受作用を行うことによって、肯定的に発展している。

四、唯物史観 (The Materialist Conception of History)

自由意志は神学においても大きな問題であった。マルクスは自由意志を如何に扱うかに苦労した。歴史の法則と自由意志をどう調和させるか。

共産主義の歴史観

必ず暴力革命が起こり共産主義世界ができる。

川を突っ切って川を渡ろうとしても流れに流されて最初の目標地点に行くことはできない。川の流れは唯物史の流れに、川を渡ろうとする意志は人間の自由意志に例えられる。

マルクスとエンゲルスが唯物史観を具体化していく時、第一の前提となったのは、人間は生きるために衣食住の欲望を満たすこと、すなわち物質的生活に必要な生活資料を生産するということであった。

生産活動すなわち経済活動が歴史をつくるというこの主張は唯物史観の初めであり、終わりであるところの根本法則である。

生産力は常に向上していく。生産力が生産関係に収まりきらなくなるとき生産力と生産関係がしっこく化する。

原始共同社会→奴隷制社会→封建社会→資本主義社会→共産主義社会

社会がこのように動いていくことは決定的で自由意志とは無関係。この流れに逆らう者は反動分子である。

生産力は人間と自然の授受作用によって発展する。人間が自然に働きかけることによって生産力が発 展するのである。その場合人間は自然と相対関係をもって、創造力をもった人間として働きかけるのである。生産力とは創造力の現れたものであり、それゆえ生産力の発展は言い換えれば創造力の発展である。 創造力は構想力と技術力よりなる。いずれの場合も知識を必要とする。従って知識の発展によって創造力も発展する。知識は人間の欲望によって発展する。人間の欲望は創造目的を果たすために付与されたものである。欲望には性相的欲望と形状的欲望があり、前者は真・美・善・愛を求める。それに対し後者は衣食住といった物質を求める。

社会には性相的・形状的関係がある。前者は倫理を土台とした愛を追求する、家庭を中心とした関係である。生産関係は性相的関係の対象である後者に当たる。しかしそれはマルクスがいうような人間の意志から独立したものではない。生産関係にはそこに属する人々の意志が含まれるし、それは社会の政治的指導者の意志を反映する。ソ連の私有財産を否定して作られた生産関係はレーニンの意志決定によるものである。人間の自由意志と関係のない生産力、生産関係という思想は革命は必然的なものであり人間の努力で変化するものではないことを強調するために作り出されたのである。産業革命をとってみてもこれは一連の科学者の発明により可能となった。人間の創造性と真理追求の欲望が産業革命を引き起こしたのである。

五、マルクス政治経済学 (Marxism political economics)

商品 : 市場において交換されるもの、使用価値のあるもの

●交換価値に重きがおかれている
●価値は抽象的労働の時間ではかられる
●労働には複雑労働と単純労働があるとし、単純労働の社会的平均が価値をはかる基準になるとする
●複雑労働は市場で単純労働に換算される

天然資源など労働を含まず、元々価値のあるものがある。天然資源は掘り出すのに労働がかかっているとも考えられるが、だとすると石炭とダイヤモンドの価値の違いはどこから生じるのかが説明できない。

時間の経過とともに価値が上がっていくものがある。切手、骨董品、ワイン、希少価値のあるものなど

人間の知識・アイディア、情報なども価値を持つ

有用性と収益性が商品の主体的価値で、使用性が商品の対象的価値である。