ユダヤ民族(イスラエル民族)から発生した宗教。ユダヤ人が信奉する宗教。信仰対象は唯一絶対の神ヤハウェで、自民族はヤハウェの民、神より特に選ばれた民とし、モーセの律法を重んじ、旧約聖書を経典とする。
現在のユダヤ教
大きく超正統派、正統派、改革派の3つに分けられる。超正統派、正統派は律法の字句に忠実な生活を心がけている。改革派は律法の字句にこだわらず、現代に合わせた生活をしている。
超正統派の男性は夏も冬も黒のスーツに黒のシルクハットをかぶり、もみあげを切らず、ひげも伸ばしている。超正統派の人々はエルサレムに集中して居住しており、エルサレムの人口の約30%を占める。特定のエリアに共存している。生活は政府の援助によってまかなわれ、仕事をもたず、日々トーラーを読み、祈りに明け暮れている。子供たちはイエシバ(神学校)で勉強し、兵役を免除されている。
正統派の男性は頭頂部にキッパという小さな帽子をかぶっている。
礼拝はシャバット、安息日(金曜日没から土曜日没)に行なわれる。安息日には一切の労働が禁じられている。ボタンを押して機械類を動かすことも労働としてみなされ禁じられている。車の運転はもちろん禁じられている。公共の交通機関も例外を除いて全て止まる。
改革派はアメリカで主流であり、ユダヤ教の信仰を現在の生活習慣に合わせても構わないというように柔軟な立場である。
イエス キリスト当時のユダヤ教
新約聖書の記述によると、イエス
キリストはユダヤ教の指導層からは煙たがられる存在であったようである。特にパリサイ派から迫害を受けたようである。
イエスの時代、ユダヤ教はいくつかのグループに分かれており、パリサイ派はその一派であった。
1)サドカイ派
モーセを始めとする過去の預言者たちの残した教典のみを重視した。学問として教えを捕らえていた学者たちが主であった。
2)パリサイ派
タルムードを重視し、ラビの言葉を重視した。タルムードはユダヤ人のバビロン捕囚と同時代に生まれたユダヤ教典のうちの一つであり、口伝律法の集成である。タルムードは他民族によって迫害され続けた反動でユダヤ人選民思想的な側面が強調されている。
イエスの時代、ユダヤの地はローマの支配下にあった。ローマ人総督の下、王と議会が存在した。この議会を「サンヘドリン」と呼んだ。王もこの会議の決定には逆らえなかった。パリサイ派はサンヘドリンに大きな影響力を持っていた。
3)エッセネ派
律法を特殊共同体的環境の中で遵守しようとしたグループ。その中核部分がクムランに隠遁したクムラン教団であったようである。クムラン教団とは紀元前二世紀中頃成立した、祭司的要素を基とした特殊共同体で、死海のほとりのクムランの隠遁所で律法を徹底的に守りながら、近い終末に備えようとしていたとされる。エッセネ派の倫理規範は共同体倫理と愛に基づいていた。イエス
キリストのようにしばしば譬えや比喩を用いて語ったようである。星を読み、未来を予測し、治療を行ったともされる。また紀元前250年にインド皇帝アショカ王が派遣した宣教師によって伝えられた仏教の思想を採用したと言われる。イエス
キリストの親戚洗礼ヨハネはエッセネ派に属していたようである。
「ユダヤ全土とエルサレムの全住民とが、彼のもとにぞくぞくと出て行って、自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けた。ヨハネはらくだの毛ごろもを身にまとい、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた。」
(マルコ1/5-6)
このような川で洗礼を授けたり、修道生活を送るというのはインドの影響を受けていた証拠と考えられる。