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2023年12月19日火曜日

イエス誕生前のイスラエル

イエス誕生前のイスラエル

紀元前597年に新バビロニアの王ネブカドネザル2世により、ユダ王国のユダヤ人たちがバビロンを始めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行されるバビロン捕囚が起こりました。

ユダの王エホヤキンはその母、その家来、そのつかさたち、および侍従たちと共に出て、バビロンの王に降服したので、バビロンの王は彼を捕虜とした。これはネブカデネザルの治世の第八年であった。
彼はまた主の宮のもろもろの宝物および王の家の宝物をことごとく持ち出し、イスラエルの王ソロモンが造って主の神殿に置いたもろもろの金の器を切りこわした。主が言われたとおりである。
彼はまたエルサレムのすべての市民、およびすべてのつかさとすべての勇士、ならびにすべての木工と鍛冶一万人を捕えて行った。残った者は国の民の貧しい者のみであった。さらに彼はエホヤキンをバビロンに捕えて行き、また王の母、王の妻たち、および侍従と国のうちのおもな人々をも、エルサレムからバビロンへ捕えて行った。
またバビロンの王はすべて勇敢な者七千人、木工と鍛冶一千人ならびに強くて良く戦う者をみな捕えてバビロンへ連れて行った。
(列王記下24:12-16)

紀元前547年、ペルシャ帝国のクロス王はバビロニア帝国の北側を支配下に置き、自らを「解放者」と宣伝し、諸国民のバビロニア帝国への不満をうまく吸収し、紀元前539年にバビロンに入城し、紀元前538年、その言葉どおり諸国民に自国への帰還と宗教復興を布告しました。

これはエレミヤの口によって伝えられた主の言葉の成就するためであった。こうして国はついにその安息をうけた。すなわちこれはその荒れている間、安息して、ついに七十年が満ちた。
ペルシャ王クロスの元年に当り、主はエレミヤの口によって伝えた主の言葉を成就するため、ペルシャ王クロスの霊を感動されたので、王はあまねく国中にふれ示し、またそれを書き示して言った、
「ペルシャの王クロスはこう言う、『天の神、主は地上の国々をことごとくわたしに賜わって、主の宮をユダにあるエルサレムに建てることをわたしに命じられた。あなたがたのうち、その民である者は皆、その神、主の助けを得て上って行きなさい』」。
(歴代誌下36:22-23)

バビロニア捕囚中のイスラエル民族の中には、ダビデ王家はもはや神に見捨てられた人々と考える人々と、このダビデ王家を中心に国は再建されると考える人々がいましたが、バビロンの捕虜生活から帰還してきたイスラエル民族は、破壊された神殿を再建し(紀元前515年、現在第二神殿と呼ばれている新しい神殿が完成)、マラキ預言者の指導によって、邪神を崇拝してきた過去の罪を悔い改めながら、律法を研究し、信仰の刷新運動を起こしました。マラキは、律法が厳格に守られず、特に犠牲の祭儀がないがしろにされ、異教徒との結婚が行われ、結婚の契約が破られ、十分の一税が納められていないことを批判しました。またイスラエル民族のメシヤ待望の期待に拍車をかけるように、メシヤの降臨に先立ち、預言者エリヤが遣わされることを説きました。

見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす。(マラキ4:5)

ちなみにマラキ預言者というのは南北に王朝が分裂していた時代に登場した代表的預言者です。

メシヤという言葉は、ヘブライ語で油を注がれた人を意味し、特に王を意味する言葉です。メシヤ到来により他国の属国となるなど苦難の道を行くイスラエル民族は解放され、イスラエルが復興すると信じられていました。

2000年近く流浪の民として世界各地に散らばり、多くの迫害を受けつつも、自らの伝統を守り続け、異様なまでの執念でイスラエル建国を果たしたユダヤ人の強さはこのメシヤ思想に由来するところが多いのではないでしょうか。

イスラエルでイエスキリスト誕生前に急速にメシヤ到来に対する期待が高まりましたが、その一方イスラエル以外の世界はどの様になっていたでしょうか。その時代に、インドでは釈迦牟尼(前565~485)によって仏教が起こっていました。ギリシャでは、プラトンやソクラテス(前470~399)などの哲学者が現れ、ギリシャ文化が花開いていました。中国においては、孔子(前552~497)が現れ、儒教が起こっていました。地中海には強力なローマ帝国が勃興し、広大な政治的版図と、四方八方に発達した交通の便、そして、ギリシャ語を中心として形成された広範なる文化的版図ができあがっていました。この様にこの時代は特殊な時代であったとみることができます。


世界の宗教の結婚観

世界の宗教の結婚観

愛の定義

  • 主体が対象に授ける情的な力 
  • 分立された二性の対象実体が再び合性一体化せんとする力

愛における力とは何か?

愛における力とは主体と対象が互いに相手に与えようとする情的な力です。情的な力とは相手に温情を施して相手を喜ばせることによって、自身も喜ぼうとする心の力のことです。ゆえに肉体的だけではなく精神的にも大人になり、相手を思いやるという愛が心の中に宿るようになって夫婦となれば、性はお互いの愛を深め子孫を繁栄させるための祝福となります。しかし時期が来ていないのに、快楽という結果だけを求めると、それを得られないばかりか、苦痛と苦い後悔を味あわなければならなくなってしまいます。人間の心は肉体の刺激によって得られる喜びよりも真善美愛といった精神的要素によって得られる喜びがずっと大きいものです。

男女の結合は単純な生物的結合ではなく、愛による人格的結合として、古来から多くの宗教では男女の結合を神聖視し、一定の宗教的儀式に従って結婚行事を行ってきました。

キリスト教

「あなた方は悪魔から出てきた者である。」(ヨハネ8/44)
「家の者が、その人の敵となるであろう。」(マタイ10/36)
「私のように一人でおればそれがいちばん良い。」(コリント17/8)

上記のような聖書の記述を見ると、イエス キリストや使徒パウロが世俗的な結婚をよしとしていないことが分かります。またキリスト教には陽陰といった概念規定がないのでともすれば一切を善悪概念で説明しようとする傾向があります。より精神的なものが善で、より物質的なものが悪であるというようにとらえやすいです。肉体や物質を神から遠く離れた汚れたものとみなし、男女の性を意識した愛は愛の中でもランクが低いとみなされやすいです。カトリックの神父や修道女は生涯独身を通さなければならず、結婚すると聖職を追われるのもその一例です。

一方でキリスト教の結婚儀式は、婚姻による男女の結びつきは神により合わせられたものとして行われるます。

米国では1960年代に男女の愛と性をタブー視するピューリタン的道徳に挑戦するかたちでカウンターカルチャーとしての性革命が起こり、婚前交渉、婚外交渉が一般化し、同性愛も公然と自己主張を始めました。一部のキリスト教会では同性愛者の聖職者も現れるなどして、伝統的な道徳観念は変化しつつあります。

 

ユダヤ教

ユダヤ教では、結婚を神聖なものとしています。結婚誓約式のことをヘブライ語でキドゥシン(Kiddushin)といいますが、神聖を意味するアラム語カドシュ(Kaddish)に由来します。

伝統的にユダヤ教の結婚式はケトゥバと呼ばれる結婚誓約書にサインすることから始まります。 サインの後新郎は新婦のもとに行き、新婦のベールをとって、本当の新婦かどうか確認する儀式をします。これは旧約聖書のヤコブが本当に結婚したかったラケルを装ってベールで顔を隠してやって来たレアと一夜を共にして結婚しなければならなくなった話から来るものです。

結婚は聖なる契約であり、結婚の解消は神聖さを汚す行為と見なされます。妻の不義による離婚のような場合を除き、離婚する場合には、妻に対してかなり多くの補償金を支払わなければなりません。


仏教

仏教は一切衆生は皆仏性を備えており、男女は互いに愛して、結婚し、夫の道理、妻の道理を尽くしながら家庭を形成することを教えています。しかし一方では異性に対する愛を渇愛や愛欲として、物欲と共に捨てなければならないと教えてきました。 

原始仏教では人間は全ての愛着と憎悪を断ち切ることによってはじめて、一切の束縛から解放され、永遠の平安、完全な平和を得ることができると考えました。原始仏教は人間の欲望に対して否定的であり、倫理の面では禁欲的な立場を貫いています。

真言密教では森羅万象をを金剛界と胎蔵界の二つに分け、男女両性に配している。理知の合一と男女の結合とを同一と見、交接を即身成仏の秘事としました。男女の性行為をも含め種々の外界の影を取り去るならば、欲望は清浄なものであると説きました。


儒教

男女は格位において差があるが、愛においては両者は平等であると教えます。しかし実際の家庭生活において、権利は男だけに与えられており、女には従順と義務だけが要求されていることが多くありました。

愛が冷え、夫婦関係が破綻しても、子供のために家庭の枠組みだけは守るという儒教型家庭は、欧米の夫婦中心の家庭(夫婦の愛が冷めると、子供におかまいなくさっさと離婚する)に比べると利点をもっていました。何故なら夫婦の仲が悪くても離婚しないほうが子供にとってはよいことが明らかになってきているからです。儒教型の子供中心の家庭生活を守ってきたのはもっぱら女性でした。儒教型の伝統的家庭では、女性は妻として夫に、母として子供に仕えてきました。しかしその女性達が一方的な忍耐と奉仕を拒絶するようになり、儒教の結婚と家庭の伝統は崩れつつあります。


 近代以後の女性解放運動

宗教が教理上では女性を重視しながらも、現実的には差別待遇が長い間継続してきたために、それに対する女性達の積もり積もった不満が表面化することによって現れました。多くの国で女性解放運動の要求が法律に反映されるようになりました。自由恋愛と恋愛結婚があらゆる形の愛を受け入れる社会運動から出てきました。この運動の当初の目的は、結婚、避妊、不倫といった性的・恋愛的な問題から国家を切り離すことでした。そのような問題は当事者たちの問題であり、他の誰の問題でもないとしたのです。この運動は19世紀ごろに始まり、60年代にはヒッピーたちによって推進されました。しかし家庭崩壊等の別な問題が起きるようになりました。 

 

世界平和家庭連合

男と女はそれぞれ陽と陰として、創造主の中では心情の力を中心として合性一体をなしていました。その陽性と陰性が創造と共に男性と女性に分立されたのであり、従って心情によって、一体をなしていた本来の姿に戻ろうとする衝動が生じるのです。

本然の世界では愛の秩序が厳格に守られるようになっています。家庭において祖父と祖母、父と母、息子とその嫁等、各代の夫婦の間にだけ異性の愛(すなわち性行為)が成立します。それ以外は父母の愛、子女の愛、兄弟姉妹の愛があるだけです。また不倫の愛も絶対にありえません。この家庭の愛の秩序を破壊したのがサタンです。サタンはアダムの配偶者となるはずのエバを被原理的な性的愛で誘惑して堕落させ、天道の秩序を破壊したのです。

全ての被造物は神の個性真理体であり、従って全てが神聖であり、そこに汚らわしいものは何もないのです。とりわけ人間は神の完全なる似姿であり、それ故に人間は被造物の中で最も高貴で神聖です。従って人体の構成部分はいかなるものでも高貴なものです。人体の器官の機能は神の創造目的を実現させる目的をもっています。その中でも性器官は次世代の生命を創造する器官であり、神が創造した最も神聖な器官です。

愛の完成を結び間違い、結婚を誤ったので、神を中心として正していくべきなのです。

キリスト教(Christianity)

キリスト教(Christianity)

キリスト教の前身のユダヤ教は神からあたえられた戒め、戒律、掟、聖書でいえば十戒、仏教でいえば五戒、そういう戒めを守り、その守った度合いに応じて義とされるということで、人間の自力が強調されています。すなわち人間の徹底的な自力本願の宗教です。それに対し、キリスト教はイエス キリストの十字架というかたちでもって罪の赦しが与えられるわけです。信仰生活はただ一方的に神の愛と恵みと恩寵によって成立するのです。これがキリスト教、特にプロテスタント神学の立場です。そういう点において、キリスト教は徹底した他力本願の宗教であると言えます。

ユダヤ人たちは神から要求された律法の箇条というものを何とか全うしようとしました。律法を遵守している人はおうおうにして律法を行っていない人と比較して、優越感にひたるという過ちに陥ることがあります。イエス キリストはそのような人たちを痛烈に批判しました。律法を遵守するという行為の動機が自分が救われたいとか、自分が優越感を感じたいということにあることを痛烈に批判したのです。

キリスト教は人間が救われるため何か条件を立てることの必要のない宗教です。何故かというとキリスト教によると天国にいく条件というのは神側から一方的なプレゼントとして与えられるわけです。人間が何かの条件を立てたので、その見返りとして神から何か恵みをもらえるということではないのです。善行は救われるためにするのではなくて、救われたから、赦されたから、愛されたからというのがその動機です。何か打算的な、それをする事によって何か見返りを期待したり、そうするところに結局は善を指向しながらもエゴイズムがあるとイエス キリストは指摘したのです。

○罪に関する新約聖書の教え

マタイ、マルコ、ルカ、使徒行伝:罪はある特定の行為というよりも悪なる諸行為の根元
ヨハネ:罪とは人間を神から引き離して、完全に神から疎外された状態に陥らせる力

○罪に関する代表的なキリスト者の思想

●パウロ

罪の力は人間の肉体を通して働き、情欲を引き起こし、数多くの不法な行為として現れます。罪の究極的な根源は肉体の中にあります。

パウロはシリシアの首都タラスでユダヤ教の家庭の子として生まれました。彼は霊的にイエスと出会う前までは律法に厳格なパリサイ人でした。彼の手紙には心と体の葛藤がしばしば描かれています。ロマ書七章はその例です。心では神の律法を喜んでいるが体は罪の律法に仕えていると嘆いています。誰がこの罪の体から私を救ってくれるのか。この葛藤は彼が律法に忠実あろうとすればするほど強く感じていたに違いありません。律法を守ることでは心の安息を感じることができず、かえって葛藤・恐れ・不安がつきまとったのです。その不安を紛らわせるためにキリスト教徒を迫害していたものと考えられます。しかしステパノの神を賛美し、自らを迫害するものを許し、殉教していった姿に内心疑問を感じたでしょう。そのステパノの殉教が条件となってパウロは霊的にイエスと出会い、それによって今まで感じたことのない安息を感じることができました。

パウロの思想はマルキオン(Marcion)の二元論、グノーシス派(Gnosticism)、シリアの肉悪説(encratism)、エジプトの修道生活主義(monasticism)などへと派生していきました。

●アウグスチヌス

対立する二つのグループ、ペラギウス派及びマニ教徒の論争に影響を受けました。

ペラギウス派:神は人間を善なるものとして創造。我々の堕落は個人的な罪の故。人間性を腐敗させる原罪というものはなく、親から相続する罪もない。

マニ教徒:霊魂が敵対的な物質世界に監禁されており、我々の生活は常に肉欲によって堕落させられている。最善の男女とは完全な独身生活を実践する人々である。

アウグスチヌスは人間の罪性と共に創造主の善性の両方を認める一つの神学を作り出そうと試みました。人間の情欲と結婚の聖礼典とをどのように両立させることができるか。アダムとエバがひとたび、神に服従しなかったとき、彼らは自己の肉体を制御することができなくなりました。肉欲は罪からきたのです。情欲は悪魔の狡猾さと人間意志の同意の両方から起こりました。エバをだました者が、その女の中に情欲の原因を注入しました。これが彼女をして情欲の奴隷とならしめました。結婚は肉欲によって汚されています。また性的行為の罪深い側面のために、全ての子供が罪の中にはらまれ、アダムとエバの罪を相続することも事実です。しかし結婚は悪ではないのです。性的行為を通して生まれてくるが、子供は神の創造のみ業を現すものです。結婚の善が悪なる情欲の存在によって取り除かれたのではないというのです。

○サタンの実在

ドイツの神学者ヘルムート・ティーリケ(Helmut Thielicke)に見るサタン理解

ルターと同じくティーリケも歴史を神と神に反対する悪魔が、この世界の支配を目指して闘争している戦場であると説明します。サタンは意志と目的とその影響を感じさせる能力を持った一つの人格、意識を持った力として我々と出会います。我々は自分の中に罪を持っている故に我々を自分のものだと主張する権利を悪魔に与えてしまっているのです。サタンは匿名で働き、分からないように現れます。悪魔は人間に対して、「罪を犯す方法を私が教えてあげましょう」とは決して言わないのです。そのように言う代わりに、「何か面白くて、楽しくて、有益なことを見せてあげましょう。」と言うのです。サタンは舞台裏で我々を刺激し、誘惑し、奨励することを好みます。サタンはどこへでも侵入し、目に見えず、ほとんど抗し難い「時の精神」として、その最も効果的な仕事をするのです。

○人類始祖アダムとエバの堕落の結果

1、ギリシャ正教の教父たちは、アダムとエバがエデンの園から追放された時に彼らに肉体の死という呪いがかけられたことを強調します。キリスト教は神との結合を通して、死を克服することができると宣言します。

2、原罪は最初の夫婦から生殖行為を通して、その後の全ての男女に伝えられています。その結果は人生の真の目的についての人間の無知や情欲の破壊的な力の中に現れています。

3、堕落した人間は罪を犯さずにいることができない存在です。故に救いは神の無条件の恩寵によってなされるのです。

4、人間は神の創造目的を成就するために、道徳、文化、宗教において漸進的に進化してきたのです。我々は理想的でない社会に生きているが、それを改善することができるのです。全ての人間は各自が神の子となり地上に神の国を実現するために働くように要求されているのです。

○贖罪論

一、ユダヤ教の贖罪(救済)観

ユダヤ教では神の律法を守ることによって人間は神に受け入れられるとします。律法を真の意味では全うしきれない人間の根底にある無力さや罪深さについては深い考察は行われていません。ユダヤ教のメシヤ像は個人的救い主というより、政治的解放者です。神と人間との関係は神と私という個人的関係よりも神とイスラエル民族としての関係がより強調されます。

二、キリスト教の贖罪(救済)観

キリスト教においては人間が律法によって義とされる道はないとされています。

律法は人間に罪の自覚を促すための鏡のようなもの (ロマ3/20)
「義人はいない、一人もいない」 (ロマ3/10)
全ての人間はアダムの後孫である限り等しく生まれながらの罪人である (ロマ5/12) 
罪人である全人類は皆等しく、罪の代価として”死”を払わなければならない (ロマ6/23)
律法は信仰によって義とされるために私達をキリストに連れていく養育掛 (ガラテヤ3/24)
イエスキリストの死は私達の身代わりの死であった

○罪の許し

キリスト教の贖罪論においてはイエスの十字架は正にその中核であり、その贖罪の論理の全ては十字架を中心として組み立てられています。従って十字架贖罪論さえ認めるならば、一応キリスト教の範疇として認めようというのが今日のキリスト教の一般的姿勢といえます。

○罪の支払う報酬としての「死」

「罪の支払う報酬は死である」 (ロマ6/23)

罪の結果死が到来したのだとすればその罪を我々に代わって背負われたキリストはその清算のための代価として死を当然支払わなければならないというわけです。

三、贖罪論の歴史的変遷

1、初代教会における贖罪論

○イレナエウス Irenaeus 130-200

アダムが本来完成すべきであったことをキリストが根本的にやり直すことをもって贖罪の業がなされる。

○東方教父のオリゲネス 185-254

イエスはご自分を保釈金として提供することによって人間を罪の束縛から解放した。
(マルコ10/45、ガラテヤ3/13)

イエスの身の代金はサタンに対して払われたと主張:賠償説(ransom theory)

○ニュッサのグレゴリー Gregory of Nyssa 335-395

サタンのことをキリストの肉という餌につられて飲み込んだところ、キリストの神性という釣り針に引っかかった貪欲な魚に例えました。キリストの勝利説

キリストはサタンの捕虜となっている人間を救い出すためにサタンと闘い、その生涯、死、復活によって、サタン、罪、死など全ての悪の力に対して決定的な勝利を収められた。

2、中世の贖罪論

アンセルムス Anselm 1033-1109

あがないの代価は神に対して払われたとしました。賠償金という言葉の代わりに充足(satisfaction)という言葉を用いました。充足説

罪:神の名誉を傷つけたこと、冒涜したこと

充足(償い)か処罰か二者択一的に考えました。人間は自分では罪の償いができないとします。その理由は賠償として支払えるものをもっていないことです。人間は自分では払いきれないぐらいの大きな負債を負っているというのです。人間が償いができないからといって人間を処罰するのであれば全人類の完全な滅亡となり、それは結果的に神自身の業を滅ぼすことになり、創造における神の目的の完全な挫折を意味することになります。神がその代価を支払うしかないのです。人間の代わりに神御自身が十字架に架かりその代価を払い、傷ついた神の栄光を回復(充足)されたのです。罪を犯したのは人間なので人間がその償いをすべきであることから償いは神にして、完全な人間、すなわち神人のみがなし得るというのです。キリストは神に対して、その死により余分の功徳を積まれました。その功徳の報いが人類のための救いという形で与えられるようになったというのです。

仏教(Buddism)

仏教(Buddism)

一、仏教の基本

仏教は釈尊の悟りから出発

釈尊はシャーキャ族の王子として誕生します。物質的には何の不自由もなく育ちました。しかし生・病・老・死の問題に深く悩み、29才の時に父王、妻、子供をおいて出家しました。

1、出家修道と六年に及ぶ難行苦行:苦行生活をするがそこにも安らぎを求めることができませんでした。来世で安楽を得るために厳正で苦行するという考え方に疑問を感じました。
2、菩提樹の下で深い霊的境地に入り神通力、神霊力を備えました。
3、悪魔の試練を乗り越えました。悪魔は美しい3人の娘によって色仕掛で堕落させようとしたが、なし得ず次に種々の暴力によって屈服させようとしました。如何なる暴力・武力にも屈しないという釈尊の内的な強い覚悟によって悪魔はついにあきらめました。

釈尊が悟った内容

縁起の法と永遠の生命:全ての存在は空間的、時間的に相互関連し、因果関係にある
苦の解決:苦は縁によって生じる

十二因縁:十二項目の苦の根本的原因の洞察

「無明に縁りて行生ず。行に縁りて識生ず。識に縁りて名色生ず。名色に縁りて六処生ず。六処に縁りて触生ず。触に縁りて受生ず。受に縁りて渇愛生ず。渇愛に縁りて取生ず。取に縁りて有生ず。有に縁りて生生ず。生に縁りて老死の苦しみ生ず。無明あますところなく滅すれば行滅す。行滅すれば識滅す。かくのごとくにして全ての苦は滅する。」

苦が生じる原因は渇愛で、渇愛は無明から来ます。渇愛は過分な激しい欲望、利己的愛欲のことです。無明は真理に明るくないことでう。霊的無知の状態です。

苦の解決は無明と渇愛を克服し滅し尽くすこと、それによって涅槃の境地を得て、解脱に至ることです。涅槃とは渇愛などの煩悩の日を消し去って得られる平安と安らぎの境地、知恵と慈愛に満ちた境地です。解脱とは輪廻転生する苦悩の生存からの解放です。

輪廻転生:インドの古くからの生命観で過去、現在、未来にわたって生死を繰り返し、この生死の輪廻は苦悩に満ちているとされていました。

四諦の法門(Four Noble Truths)

諦:真理を意味する十二縁起説に基づく実践的教え。苦諦、集諦、滅諦、道諦の四段階、これを通して人生の苦悩を解決できる

1) 苦諦:人生が苦しみに満ちていることが説かれている     

四苦
生病老死      

八苦 
愛別離苦(愛する者と別れる苦しみ)
怨憎会苦(憎む者と出会う苦しみ)
求不得苦(求めても得られない苦しみ)
五陰盛苦(心身から盛んに起こる苦しみ)

2) 集諦:苦しみを招き集める原因は渇愛であると説く

3) 滅諦:渇愛を取り除き苦しみを消滅した状態、涅槃

4) 道諦:涅槃に至るまでの道を説く

修行方法を示したもの:八正道

正見:縁起の道理によって人生、世界を正しく見ること
正思:正しい思い、意志
正語:正しく真実の言葉を語ること
正業:正しい善い行いをすること
正命:心と体と口の働きを正しくして、正しい生活をすること
正精進:正しい努力を重ねること
正念:正しい道を憶念し、理想目的を忘れないこと
正定:精神を統一し迷いのない清浄な境地に入ること、禅定

二、原始仏教の三法印

諸行無常:諸々の現象が生じては滅び、生じては変化してやまないこと
諸法無我:他と関係なく孤立して存在するものはない
涅槃寂静:知慧が完成する悟りの境地
無常無我:実践のために説かれた教え

無常:変化してやまない永遠でないものに対する執着を切って努力、精進すべきことを教える
無我:無明煩悩多き自己に執着せず、我執を否定して他の為に尽くし、永遠者と一つになることを教える
原始仏教はこの三法印を説かなければ仏教ではないと主張しました。仏教はその後上座部と大衆部に分裂し、たくさんの分派が現れてくる。紀元前後には改革運動が起こり、大乗仏教が現れてきました。

三、大乗仏教

日本、韓国、中国に伝わった仏教。インドから中央アジア、西域を経て伝えられた北伝の大乗仏教

日本には六世紀に百済の聖明王の使者によって伝えられました。高句麗の慧慈、百済の慧聰から仏教を学んだ聖徳太子は仏教を受け入れるに際し、多くの仏典の中から全ての者が救われると説く教典だけを選択しました。

空の思想と菩薩道
因縁によって生滅する存在を有と無を越えて理解しようとする教え
有と無に対する執着を離れるために用いられた表現
自己に執着せず、他人を慈しんで奉仕をすべきであると慈悲の行いを強調。慈とは楽しみを与えること、悲とは苦しみを取り除いてあげること
慈悲の実践に励み完成をめざして修行する人を菩薩と呼ぶ
菩薩道こそ仏陀に至る道であると強調
原始仏教や部派仏教では、無明煩悩を滅し尽くすべきと説いていましたが、大乗仏教では煩悩は即菩提、生死は即涅槃と説きました

煩悩即菩提:煩悩を転じれば悟りに通じる
生死即涅槃:生死輪廻の中に真の悟りと安らぎを得る 
無明煩悩に覆われた者であっても、その奥には清浄な本性があり努力すれば仏となる可能性、仏生を持っていると力説しました。

天台宗の教えに「一隅を照らす」というものがあります。
そこにはこう書かれています。

「国家の富は物理的な富ではなく、仏陀を信仰し、それによって暗闇を照らす個々人にあります。誰もが自分の中に仏性を持っており、私たちはこの深遠な真理に目覚めなければなりません。」

○永遠の仏陀観 

大乗仏教では仏陀を最高の理想像として仰ぎ、宇宙の生命を仏陀の本体としてとらえ、存在の根源を永遠の仏陀として理解しました。

華厳経の毘盧舎那仏、密教の大日如来、法華経の久遠本仏、浄土門の阿弥陀仏

奈良の大仏は毘盧舎那仏、鎌倉の大仏は阿弥陀如来

如来:真如(真理と存在の根源)から来るという意味

仏教は創造の神を説いていないが、永遠なる根源を説く思想があります。

四、鎌倉仏教

鎌倉時代に現れた新しい日本仏教の諸宗派は全て天台宗から出たものであり、天台宗は鎌倉仏教の生みの親の役割を果たしながら現在に伝えられています。

人間は本能的に恐怖や苦痛から身を避けようとします。人々に死を忘れず生死に真摯に取り組もうと言っても、むしろ人間は何とか死を忘れようと意識的にも無意識的にもつとめます。

平安末から鎌倉にかけての社会はあらゆる面に死が露出し生を脅かしました。現実が楽しむことのできない苦界であり、苦に満ちた人生であるとすれば人々は楽しむべき、愛すべき世界を他の世界に求めるようになります。当時死後の極楽浄土を求める思想が強く人々の関心を引いたのはその故です。そうした中、法然は末法の時代汚濁の世相を凝視し、同時に自らの本性を省みながら、罪悪生死の凡夫が救われる道を求めました。

法然9才の時、父が夜襲をかけられその時負った傷がもとになって亡くなりました。

父の遺言:「敵を恨んではならない。仇討ちをすればその恨みは尽きず争いは何代も絶えないであろう。世俗の世界から出家して私の菩提を弔い、自らの解脱を求めよ。」

法然の出家求道の課題:生死をめぐるすさまじい愛憎執着の世界にあって、如何に恨みを越え、憎しみを離れた平安な世界に自他共に救われるかということ

平安時代の中頃から鎌倉時代の初めまでの間天災地変が多く起こりました。その結果凶作があり、飢餓と疫病が大流行しました。人々は末法到来を感じとりました。人々はこのような社会からの救いを政治と仏教に求めました。しかし天皇を中心としてそれをとりまく貴族たちと、貴族勢力の繁栄を祈ることに賢明であった古代仏教とでは現実の政治と宗教を支配することはできなくなっていました。それでも人々はあくまでも仏教に最後の救いを求めることをやめませんでした。

法然は43才まで長い精神の葛藤が続きました。「出離の志しは深く、様々な教法を信じ、様々な行を修める。仏教多しといっても、つきつめれば戒・定・知慧の三学に至る。しかし悪行煩悩の絆を断たない限り解脱の道はない。」

罪悪凡夫の自覚 己自らを凡夫と自己認識することではなく、何とかしてそれを離脱せんと必死にもがいて、しかも脱し得ぬ悲痛な叫び、救いようのない悲嘆です。生死の危機に直面したとき、世間の人々が如何に弱く醜い存在であるか、世俗的価値、世間の虚飾が如何に役に立たないかを暴き出し、真実とは何か、人生の生きがいは何かを真正面から問いただしました。自身の現実、内面の真相が照らし出されてきます。生死の問題を突き詰めていくと必然的に罪業の問題と不可分に関わってきます。法然が世間を見渡したとき、そこに自分と全く同類の人々が救いを得られぬままに苦しんでいるのを見出しました。自分の救いと大衆の救いとは同じく与えられねばならないと考えました。本来仏の慈悲は一切衆生の救いにあるはずだと考えました。

法然は43才の時に、唐の善導の「観経疏」の一節により悟りを得ました。ただ一心に南無阿弥陀仏と唱える念仏だけで、如何なる罪深い人、如何なる愚かなる者もことごとく極楽往生できます。それこそが阿弥陀仏が選び取った本願でした。この阿弥陀仏によって選択された本願の念仏の発見に、長い間求め苦しんでいた大疑問が解けたのです。末法の世に罪深い自らを救うべき道が既に用意され、慈悲の中に抱かれ、念仏の光明に照らされる自己を発見したのです。凡夫の救われる道は自力を超絶した絶対者による救いの力を信じる以外にないのでした。絶対他力の仏に今現に摂取され、救われているという直感的な宗教的体験がその後の法然の信仰の根底となりました。他の修行を捨てて念仏一行に帰した「専修念仏」の行者の心のありようを安心といいます。法然は唐の善導大師に倣って三心を挙げ、その核心を「深心」におきました。

深心とは深く信じる心

1、自らは罪深い凡夫であり、救われる可能性は全くなく、地獄の業苦を免れることのできない恐ろしい存在であることを信じる

2、凡夫をこそ救うために絶望の底に阿弥陀仏の慈悲の光が注がれ、本願の力が無量に働いている事実を信ぜしめられ、信を頂いたと感じる

阿弥陀仏の光明があまねく全世界を照らし、万民を救うと信じて、一心に念仏を唱える者は必ず生死を越えた真実の仏の世界に往生することができると説いたのです。

「南無阿弥陀仏」とは、阿弥陀仏に帰依するという意味です。
高次の存在を信頼して受け入れることで、異なる視点から物事を見ることができるようになります。

顛倒の見:逆さまの見方

本来は真実(仏)あっての自分(我)であり、真実(法)に随順してこそ真の自己(我)であり得るのに、凡夫は常に自己中心的にものを見、真実の法に背き、自分の我欲煩悩にとらわれています。底に凡夫の我顛倒の過ちがあります。

顛倒を脱する方法として法然は真実の仏の働きに全てをゆだねるしかないとしました。絶対者の側からの恩寵、他力を強調したのです。

自己中心から法(絶対者)中心へと心が転じる回心、以前の自己が内部から崩壊し、自分が死んで新しい生に蘇る再生・復活、自分の生ではなく絶対者の生を生きる新生は広く宗教神秘主義にみられます。法然もこのような一種の神秘体験があったに違いありません。法然は何か宇宙的真理の生ける実体に無限に抱擁されているという受動感、特殊な心の喜び、高揚感と平安といった実感・直感によって正見に照らされている自分を発見したのです。

信じることも凡夫が起こす信には違いないが、単に信ずるというのではなく、信ぜざるを得ない、信ぜしめずにおれないという仏からこちらに回廻された信、「たわまりたる信心」となります。何人の念仏、如何なる心の状態での念仏も功徳は等しいとします。阿弥陀仏の本願による絶対的救いを人間の相対的見方を持ってうかがうことは全て顛倒の見方とします。

儒教(Confucianism)

儒教(Confucianism)

創始者:孔子(551-479B.C.)
古来の敬天、天命思想を継承し、先王の道を尊び、周王朝の礼楽文化の復興を求めた古代思想の大成者

●敬天思想:万物の根源を天と称し、宇宙の主宰者を天帝と呼んで畏敬した信仰に基づくもの
●天命思想:天が万民を生み、統治は天命を受けた有徳の天子によって行われるべきことを説く思想
●先王の道:理想的な徳治の道 

人間の主体性による倫理観を打ち立て、人間の普遍的感情を道徳性の面においてとらえ、これを仁と呼びます。人間を外部的に規制するものとして礼を取り上げます。政治思想としては徳治を主張します。これは君主は道徳的に卓越していなければならぬとする主張です。政治の倫理化です。孔子の学問の目的は倫理的な自己完成から、さらに進んで他人の人格を完成させ、倫理的にすぐれた社会を建設しようとするところにありました。これらを総合した最高目標を聖と呼び、その徳を備えた人を聖人と呼んでいます。目標を達成するためには仁とともに知と勇が必要であると説きます。

孔子の思想の中心は仁です。仁は人と人が親しむという意味で、他者への親愛の情です。
礼は仁を基とする規範であり、仁は礼を通して実現されます。

儒教思想の世界観と平和観

根源的な存在である天により宇宙万物が生じ、一定の規則と秩序により制御されています。人類は天の特別な恵みに恵まれて自主性を与えられ万物の霊となり、大地の霊に恵まれて生存します。天は父の如き、地は母の如き、ゆえに、人間は天地を見習い、秩序整然とすべきです。徳を感じて恩を返し、仁義忠孝を尊びます。自主して発展、創造します。天と人の関係を中心として、人間の道徳と倫理の実践を通して平和は実現されます。
「中和を致せば、天地位し、万物育す。」

儒教の人間関係

儒教は家庭を中心とした人間関係というものを強調します。全ての人間の行動は五つの関係の中に見られます。親子、夫婦、兄弟姉妹、友人間、統治者と民衆間の五つの関係です。その中で最も強調されるのが親子関係、それを拡大した年齢の上下の関係です。

儒教の結婚観

男女は格位において差があるが、愛においては両者は平等であると教えます。しかし実際の家庭生活において、権利は男だけに与えられており、女には従順と義務だけが要求されていることが多くありました。

愛が冷え、夫婦関係が破綻しても、子供のために家庭の枠組みだけは守るという儒教型家庭は、欧米の夫婦中心の家庭(夫婦の愛が冷めると、子供におかまいなくさっさと離婚する)に比べると利点をもっていました。何故なら夫婦の仲が悪くても離婚しないほうが子供にとってはよいからです。儒教型の子供中心の家庭生活を守ってきたのはもっぱら女性でした。儒教型の伝統的家庭では、女性は妻として夫に、母として子供に仕えてきました。しかしその女性達が一方的な忍耐と奉仕を拒絶するようになり、儒教の結婚と家庭の伝統は崩れつつあります。