Triangle Family教会の説教日本語訳 ー 「真の自由、本心の自由」2023年2月19日 原文説教
2023年12月14日木曜日
真の自由、本心の自由
2023年12月12日火曜日
当事者意識(オーナーシップマインド)
Triangle Family教会の説教日本語訳 ー 「当事者意識(オーナーシップマインド)」 2023年6月18日 原文説教
兄弟姉妹の皆さん、おはようございます。タラントンンのたとえ話を読みたいと思います。新約聖書のマタイによる福音書25章からです。タレント(タラントンは英語の聖書では「Talent」となっています)には2つの意味があります。一つは、ご存知のように才能です。もうひとつは通貨単位です。このたとえ話におけるタラントンの文字通りの意味は、通貨単位です。しかし、このたとえは、神から与えられた才能を暗示しています。読んでみましょう。 「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。早速、五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。 しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。 さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。 まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』 次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』 ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、 恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』 主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。 それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。 さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。 29だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。 このたとえ話は何を教えているのでしょう? このたとえ話は、自由市場資本主義を示しているのでしょう? 「金持ちはより金持ちになり、貧乏人はより貧乏になる。」 イエス様は資本主義者だったのでしょうか? イエス様は、天の御国は自由市場の資本主義の世界のようなものだと言われたのでしょうか? このたとえ話によって、イエス様は資本主義者だったと言う人もいます。ご存知のように、イエス様は社会主義者だと考える人も多いです。イエス様が資本主義者であったか社会主義者であったかは、今日の話題ではありません。その議論は脇に置いておきます。 今日は、当事者意識と被害者意識という2種類のマインドセット(思考・行動パターン)についてお話したいと思います。 最初の二人のしもべは、主人からもらったタラントンで、もっと善のためにできることはないかと考え、行動しました。 一方、最後の一人は、自分がもらったタラントンの意味を考えず、何も行動を起こしませんでした。主人を恨んでいたかもしれない。他の2人のしもべが5タラントンと2タラントンと、自分よりはるかに多くのタラントンを受け取っているのと比べて、人生は不公平だと感じていたかもしれません。 「銀のスプーンをくわえて生まれてきた」という英語の慣用句があります。非常に裕福な家庭に生まれ、恵まれた環境で育つことを意味します。同じような表現は韓国や日本にもあります。 韓国では수저계급론(スプーン階級説)。日本では親ガチャです。 これらの表現は通常、不平不満をこめて使われることが多いです。これらの表現の背後にどのようなマインドセットが見られるでしょうか。 それは被害者意識です。人生は不公平で、私の人生は私の境遇に左右されると言っているのです。私たちの思考は被害者意識に向かいがちですが、どうしてでしょうか? 私たちの祖先に遡って考えてみましょう。被害者意識は人類始祖から始まっています。創世記3章12-13節に、アダムとエバが堕落した後の言い訳が描かれています。 アダムは答えた。 「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」 13主なる神は女に向かって言われた。 「何ということをしたのか。」 女は答えた。 「蛇がだましたので、食べてしまいました。」 アダムは「私が堕落したのは、神とエバのせいです。私は被害者です。」と言ったのです。 エバも「私はルシファーのせいで堕落しました。私は被害者です。」と言ったのです。 創世記4:4-5。 主はアベルとその献げ物に目を留められたが、 5カインとその献げ物には目を留められなかった。カインは激しく怒って顔を伏せた。 アダムとエバの長男のカインもまた、神が自分の捧げ物を受け取られなかったとき、犠牲者意識に陥ったのです。 私たちはしばしば、被害者意識に陥る困難に直面します。聖書に登場するヨブは、そのような困難に直面した一例です。 ヨブは義人であり、常に善行を行い、徳と富を持ち、名誉ある人物として皆から賞賛されていました。ところがある日、ヨブの状況は一変しました。親友に裏切られ、災害で財産を失い、家族全員が死んだのでした。この世の苦しみを味わったヨブは、「私は何も悪いことはしていない。立派な人間として生きようと毎日努力している。でも、なぜこんな目に遭わなければならないのだろう?」と。 絶望の淵で、ヨブは神に祈りました。「もうこれ以上生きられません。死なせて下さい。」その時、彼は "ヨブよ!"と呼ぶ神の声を聞きました。ヨブは注意深く耳を傾け、「お前ははこれまでよくやった。」と神が慰めてくれることを期待ました。神の声ははっきりと聞こえました。 「男らしく、腰に帯をせよ。」 ヨブ記38章3節 神が彼に与えた言葉はこれだけでした。 しかし、この言葉によって、ヨブはまっすぐに立ち上がりました。彼は、人生は神の恵みであり、人間が作り出せるものではないと悟ったのでした。ヨブは背筋を伸ばし、神を見つめて歩むことを決意し、恵みを受ける者としてふさわしく生きることができるようになったのです。 神はヨブに自分の人生に対する当事者意識を引き出されたのです。 私たちが人生で困難に直面し、ヨブのような被害者意識に陥りそうになったとき、何を思い起こす必要があるのでしょうか。 神は当事者意識の源です。原理講論には「人間の堕落は人間自身の過ちの結果である。しかし、神にも創造主としての責任がある。神は、人間の過ちの結果を、堕落前の元の状態に回復する必要に迫られている。神はあらゆる手段を使って、悲しみに満ちたこの罪の世界を救われる。」とあります。 私が初めて原理講論を学び、人間の苦しみに誰かが責任を負うと知ったとき、私は安堵と希望を感じました。 当事者意識は、究極的には天の父母様のマインドセットです。「ひとり子」「ひとり娘」「真の父母」とは何を意味するのでしょうか。 イエス様と真の父母様は、天の父母様と同じように、すべての人類に対する当事者意識を持っておられます。全人類の罪の責任を負われたのです。 イエス様と真の父母が当事者意識を持って責任を負われた例です。 パームサンデー(エルサレム入城の日)はイースターの前の日曜日です。イエス様は裁判にかけられ、十字架にかけられることを承知でエルサレムの町に入られました。もしイエス様がエルサレムに戻らなければ、十字架にかからなかったかもしれません。しかし、イエス様は全人類の罪に対する当事者意識で責任を取るためにエルサレムに行かれたのです。 真のお父様は6回も牢獄に入られました。避けることもできましたが、全人類を救うために当事者意識で責任を負われたのです。 真のお母様の決意。真のお父様が昇天された直後のメッセージです。「お父様が聖和された瞬間、私はお父様に、お父様が人類のためにしたいと願われたすべてのことを、私の地上での最後の日までに成就しますと約束しました。」 真のお母様のメッセージ 2012年9月23日、私たちは今、統一教会を生きた教会にします。 ある人は、「ひとり子」「ひとり娘」「真の父母」という言葉は、その人を特別な存在、神のような存在にするために使われていると言うかもしれません。実際には、人類に対して全責任を負うという決意を意味する言葉なのです。 結論として、当事者意識を持つにはどうすればよいのでしょうか。まず、自分の持っている才能を振り返ることです。自分には特別な才能はないと思うかもしれません。しかしながら私たちの人生そのものが神からの贈り物なのです。神は私たちの命を与え、私たちの命は多くの犠牲の上に成り立っているのです。あなたが生まれてきたのは、お母さんの犠牲のおかげです。母親は9カ月間、赤ちゃんをお腹に抱えます。その犠牲がなければ、あなたは生まれてくることができなかったのです。 次のポイントは、自分が受けた才能の意味と目的を考えることです。 天の父母様のように考え、その才能を公共のために使うのです。人より多くの才能を持って生まれた者は、それを世のため人のために使うことを求められるのです。その才能を私利私欲のために使ってはならないのです。 自分の才能を公共のために使えば、私たちは自分の才能の所有者になるのです。 天一国の主人になりましょう!家族盟誓は、一から八まですべて「天一国主人私たちの家庭」で始まります。私たちは天一国の主人になることを願われているのです。私たちができる小さな一歩は、Triangle Family 教会の主人として日曜礼拝に参加し、十分の一献金をすることです。特に若い人は、親が教会に来ているから仕方なく日曜礼拝に来ているかもしれません。しかし、最終的にはTriangle Family 教会の主人として日曜礼拝に来るべきです。あなたには7日間24時間の時間があります。もし、あなたが週に2~3時間でも時間を捧げるなら、神はあなたのすべての時間を祝福してくださるでしょう。 もしあなたが収入の1割を捧げるなら、神はあなたの収入のすべてを祝福してくださるでしょう。 祈りましょう。親愛なる天の父母様、本日はありがとうございます。私たちは、天の父母様を礼拝するためにここに集まりました。天の父母様は、私たちが天地創造の主人となることを期待しておられます。そのために私たちに責任を与え、その責任を果たし、天地創造の主人となり、天地創造を楽しむことを期待しておられます。残念ながら、アダムとエバはその責任を果たすことができず、被害者意識に陥ってしまいました。人類の歴史を通して、人々は被害者意識に陥りました。その後、イエス様と真の父母様がこの地上に来られ、私たちが主人になることを教えられました。私たちに主人になる模範を示してくださいました。全人類の罪の全責任を負われました。極限の苦しみを味わわれましたが、決して不平を言わず、あきらめず、責任を取り続けられました。私たちが責任の一部を負い、主人となり、神の創造物を完全に享受することを期待しておられるのです。天の父母様、それは簡単なことではありません。私たちは人生で多くの困難に直面します。しかし、私たちの人生は神から授かったものであることを思い出させて下さい。天の父母様からの授かりものなのです。困難を克服する力を持ち、天一国の主人とならせて下さい。天の父母様、ありがとうございます。ここに集いました祝福中心家庭の名において、すべてのことをご報告いたします。
甘受
Triangle Family教会の説教日本語訳 ー 「甘受」2023年9月17日 原文説教
今日は「甘受」についてお話ししたいと思います。甘受は、私の好きな日曜学校の聖書学習のひとつ、ヤコブの12人の息子の一人であるヨセフから学ぶことのできる教訓のひとつです。ヨセフは奴隷として兄たちにエジプトに売られましたが、最終的にはエジプトの首相になりました。ヨセフは奴隷であることを受け入れ、ただ主人のために働きました。冤罪で牢獄に入れられた時も、状況を受け入れて懸命に働きました。甘受を通して神はヨセフのうちに力ある御業を示されたのです。
聖書を読みましょう。ヨハネの福音書9章からです。
イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。
弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。
わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた、
「シロアム(つかわされた者、の意)の池に行って洗いなさい」。そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。
甘受とは何でしょうか?人間心理学における甘受とは、人がある状況の現実に同意することであり、それを変えようとしたり抗議したりすることなく、すでに起こっているプロセスや状態(多くの場合、否定的な状況や不快な状況)を認識することです。
甘受は弱さやいいなりになることの現れでしょうか?
答えは否だと思います。しかし人によっては、そのとおりだと思うかもしれません。信仰生活にとってもう一つ重要な要素は「赦し」である。甘受と赦しはしばしば弱さの現れとみなされる。今日は「甘受」に焦点を当てます。私たちは、周囲の人々や環境が思い通りに動き、すべてが良い方向に向かっているとき、幸せだと感じるものです。しかし現実には、私たちをイライラさせ、「なぜこんなことが起こるのだろう?」と思わされるような障害がたくさんあります。
不愉快な状況に直面したとき、私たちは通常どのように反応するでしょうか?
受け入れるか、抵抗するか、避けるか、変えようとするでしょうか。
私たちは、自分に有利なことは良いことで、自分に不利なことは悪いことだと考えがちです。だから私たちは通常、不快な状況に抵抗したり、避けたり、変えようとしたりします。
甘受は、むしろ仏教の概念に近いと思います。甘受に関する仏教の教えを見てみましょう。仏教では、4つの普遍的な苦しみがあると教えています。
生、病、老、死です。
そして、苦しみには何らかの意味があり、苦しみを終わらせる道があると説いています。
善悪、損得、勝ち負けといった自分の視点だけでは、事態の全体像は見えてきません。
浄土真宗では「南無阿弥陀仏」と唱えることを教えています。
「南無阿弥陀仏」とは、阿弥陀仏に帰依するという意味です。
高次の存在を信頼して受け入れることで、私たちは異なる視点から物事を見ることができるようになるのです。
次に、心理療法と神経科学の観点から甘受を見てみましょう。
甘受(アクセプタンス)を重視する心理療法があります。アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)と呼ばれるものです。ACTは心理療法の一種で、ネガティブな考えや感情、状況に対処する際に、それらを変えようとしたり避けようとしたりするのではなく、受け入れることによって対処するように導きます。
ACTは、変化する状況や感情に適応する能力が精神的な幸福に不可欠であるという考えに基づいています。
甘受の重要性は、以下の「平穏の祈り」の中で長い間認識されてきました。
「神よ、変えられないものを受け入れる平静と、変えられるものを変える勇気と、その違いを知る知恵をお与えください。」
受け入れることにより、私たちの人生のポジティブな側面に焦点を当て、私たちが持っているもの、私たちにできることに感謝することができるようになります。
甘受の利点には次のようなものがあります。
怒り、悲しみ、恐れ、罪悪感など、ネガティブな感情を抑えることができます。
失敗から学び、コントロールできることに集中することで、挫折や困難から立ち直る回復力と能力が高まります。
足りないものにくよくよするよりも、今あるものに感謝し、感謝する気持ちを高めます。
ポジティブな思考が生まれると、脳はセロトニンを生成し、幸福感を生み出します。セロトニンレベルが正常であれば、人は幸福感を感じ、落ち着き、不安が減り、集中力が増し、情緒が安定します。
最後に、若い聴衆にメッセージを送ります。体内でポジティブな感情や幸福感を生み出す「幸せホルモン」と呼ばれるホルモン群があります。
セロトニンは4つの「幸せホルモン」のうちのひとつで、その基礎となるホルモンです。セロトニンは第一祝福、すなわち心身の一体化をもたらします。オキシトシンは第二祝福をもたらします。愛情ホルモンと呼ばれています。ドーパミンとエンドルフィンは第三祝福をもたらします。ドーパミンは、人が快楽的な活動をするときに放出され、中毒を引き起こす可能性があります。
ドーパミンが大量に分泌されると、競争的、攻撃的、衝動的な行動をとるようになります。また、不安や睡眠障害、ストレスを引き起こすこともあります。
一般的に若者の脳にはドーパミンが多いと思います。若者が衝動的な行動をとるのと関係があると思います。アダムとエバも堕落する前はドーパミン過多であったと思います。若者は学問的な達成やキャリアを求めたり、永遠の配偶者を探したりしますが、ドーパミン型のアプローチで行動しがちです。自分自身に焦点を当てているのです。
若者の特徴と教訓を示す孫悟空の物語を紹介したいと思います。
孫悟空は16世紀の中国の小説『西遊記』の主人公の一人としてよく知られています。
孫悟空は多くの能力を持っていましたが、同時に多くの問題を起こしました。
孫悟空は傲慢でしたた。自分は何でも知っている、何でもできる、仏陀のような高次の存在は必要ないと考えていました。若者の特徴に似ていると思いませんか?私が大学に行った時もそうでした。幸い、私は真の父母様と出会い、自らの立ち位置を見つけました。お釈迦様は孫悟空に特別な使命があることを知っておられました。だからお釈迦様は孫悟空にまずやりたいことをさせて、それから自分の立ち位置を悟らせたのです。
ある日、お釈迦様は孫悟空に手のひらから逃げられるかどうかと試しました。
孫悟空はその勝負を受け入れました。孫悟空は宇宙の果てまで飛んでいきました。そこに5本の柱がそびえ立つだけで、何もないのを見て、宇宙の果てに到達したと思いました。その証明に、彼は柱に「斉天大聖」と記しました。そして、仏陀のもとに戻り、勝負に勝った主張しました。しかし5本の「柱」が仏陀の手の指であったことを悟るのでした。
その後、孫悟空は唐の時代の仏教僧がインドに渡り、仏教の聖典を手に入れるのを助けることになったのです。
この社会は若者にドーパミン型のアプローチを教えています。
真の父母様の教えはその反対で、セロトニンタイプです。
- 天宙を主管する前に自己主管。
- 動機づけを無私に浄化する。
- 最大限の努力をし、結果を待ち、結果を神の御業として受け入れる。
これらは、私が真の父母の御言葉と経済復帰活動の経験から学んだ教訓です。私は経済復帰活動をするとき、企業がするように目標を立てました。今日はこれだけ稼ごうとです。しかし数字にこだわるとうまくいきません。断られることが多かったです。逆に、与えられた地域の人々に奉仕するという目的に集中すれば、うまくいきました。経済復帰活動は、自分の動機を振り返り、浄化するための訓練でした。 「最大限の努力をし、結果を待ち、結果を神の御業として受け入れる」という姿勢は、人生のさまざまな場面で応用できます。
経済復帰活動の際、私たちは何度も否定されるものです。当時は商品を買ってくれた人に感謝し、買ってくれなかった人は嫌だと思いました。しかし、振り返ってみると、どちらが私たちをより成長させてくれたでしょうか?それは否定した買ってくれなかった人たちです。動機を反省させてくれたからです。そう考えると、否定した人たちにも感謝の気持ちが湧いてくるようになります。
私たちは神の手の中にあるというのが結論です。
自分自身に焦点を当てるドーパミン型のアプローチは、神の力ある御業を見えなくします。
受け入れることで、神の偉大な御業が見えるようになります。
私たちの動機を浄化し、「天一国遊記」の登場人物となりましょう。
お祈りしましょう。親愛なる天の父母様、ここに集い、天の父母様を礼拝し、自分自身を振り返り、天の父母様とつながる時を持てたことを感謝します。私たちは皆、あなたの手の中にいます。しかし、多くの場合、私たちはあなたの愛から逃れ、無視しようとします。特に若い人たちは、自分自身に多くの能力、野心、自信を持っています。天の父母様からの助けは必要ないと思っているかもしれません。しかし、天の父母様は、私たちがあなたの手の中にいることを受け入れた時、私たちは立ち位置を見つけることができるのです。天の父母様、私たちの人生の正しい立ち位置を見つけさせてください。私たちは天一国への旅路にあります。真のお母様が導いておられます。天の父母様、私たちは天一国への旅路に貢献するために最善を尽くしましょう。天の父母様、ありがとうございます。ここに集まった兄弟姉妹の名において、すべてのことを報告したいと思います。
2023年12月11日月曜日
アイデンティティの危機
Triangle Family教会の説教日本語訳 ー 「アイデンティティの危機」2023年12月10日 原文説教
今日のお話のテーマ「アイデンティティの危機」を選んだのは、私自身が自分が何者で、どこにいるのかを理解するのに葛藤しているからです。私は神との強い関係を持っているにもかかわらず、教会のポリティクスと呼ばれるものにも頻繁に苛立ちを感じています。教会の体制のことではありません。私は、統一教会がもはや適切でないと感じているメンバーのことを言っているのです。
私にとっては、統一教会はかつてないほど重要な存在であり、私たちの人生はアイデンティティの探求として、自分が誰なのか、自分がどこにふさわしいのか、自分が神と、そして互いにどのように関わっているのかを見極めようとしています。私は海辺で育ちました。私はミュージシャンです。南部の人です。私は神の息子です。私は神であるとさえ言えるかもしれません。ヨハネによる福音書4章12節によれば、誰も神を見たことはないが、もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちに住んでおられ、神の愛は私たちのうちに完成される。
私は白人です。私たちは皆、自分の人種を愛している。自分の人種を愛するのはいいことだが、他の人種を犠牲にしてまで自分の人種を愛することは、私たちにとっても、社会にとっても、神にとっても問題を引き起こします。人種差別によって引き起こされる暴力は、天の父母である神にとって大きな頭痛の種となっています。カインによるアベルの殺人のようなものです。カインによるアベルの殺人は何度も繰り返されますが、神はそれに対する解決策を持っています。神が真の父母様を遣わされたのは、子供たちが複数の人種を識別できるような混合家庭を作るためです。私たちは以前、日曜日は一週間で最も隔離された日だと言っていました。今では教会に来ると、すべての人種が一緒に礼拝しているのを目にします。シャロンが主催したUPFの集会は、まるで国連のようでした。私は2人のイスラム教徒、1人のバハーイー仏教徒、1人のヒンドゥー教徒、そして2人の統一教会信者と一緒のテーブルに座りました。世界平和のためにあなたの信仰が貢献できることは何かという問いで話し合いましたが、私たちの何人かは定年退職後の高齢者であるにもかかわらず、誰もが世界を良い場所にすることに心血を注いでいました。
お母様は回想録の中でこう語っておられます。
「一日の終わりに、私はもうすぐ80歳で、この世で生きられる期間には限りがあることを思い知らされます。しかし、私は独生女であり、平和の母なのですから、どこへでも行かなければなりません。80代であっても、人々が探しているのであれば、そこに行かなければなりません。」
神に呼ばれたのは私が21歳のときで、そのときは、私が生きている間に天の御国が地上に来ると本気で信じていました。しかし、年月が経ち、数十年が経つにつれて、私はそのインスピレーションを失っていきました。私たちは何をするためにここにいるのか、そのビジョンを失いました。本当の自分を忘れてしまったのです。私は6人の子供の父親です。家族は私にとって最大の喜びであり、それは誰にとっても同じことです。なぜなら、私は自分が愛されていることを知っているからです。子供の頃、自分が愛されていることを知っていればよかったと思います。
1954年、お父様は「世界基督教統一聖霊協会」と書かれた看板を描き、掲げられました。30年後、お父様はその看板を降ろし、世界平和統一家庭連合の旗を掲げられました。これは二つのことを示しています。第一に、世界平和は家庭という土台の上に成り立ちます。第二に、その家族を守るための共同体が必要だということです。最近、私たちはこの地域のために新しいことを始めました。ワシントンDCのアシール博士からアイデアをもらいました。
彼らは祈りのリストを作りました。私たちの教会に関係するすべての人をリストに入れたのです。1000人ほどの名前が挙がりました。彼らのために祈り始めたのです。それで、私もここでそれを始めました。リストには140人から150人ほどが載っています。このリストは、単に教会と関係があるという意味ではありません。祝福された子供たちを持つ祝福された家族について話しているのです。ローリーやトライアングル地域には祝福された子供たちがたくさんいます。その多さには驚かされます。来週、ここでクリスマス・パーティーが開かれると思います。たくさんの子どもたちが来ると思います。教会に来なくても、私たちが一緒にできることは何でも、私たちのコミュニティをより強固なものにするのです。
最近分かったことですが、私が教会に入った頃にここにいた初期の家庭の一つが離婚し、その子供たち3人がドイツに引っ越しましたが、一人の子供、ミッシェルはまだここにいます。私は彼女を祈りのリストに入れました。彼女はダーラムに住む祝福二世です。
もう何年も連絡を取っていませんが、私は彼女のために祈らなければならないと思っています。祝福家庭、祝福二世とは何でしょうか?私たちの教義によれば、祝福の血統は神からもたらされたもので、原罪とは何の関係もないのです。しかし私たちは神の血統とつながっているけれど、それが何を意味するのか、時々わからなくなります。もし私が子どもで、原罪がないと言われたら、わからないと答えるでしょう。
重要なのは、それがどういう意味であれ、私たちはアベルの立場に立っているということです。それが何を意味するのでしょうか?カインの世話をしなければならないということです。私たちを憎んでいる人、人生に苦しんでいる人、私たちはそのような人たちを見つけ、面倒を見なければなりません。神は私たちに、神の失われた子供たちの世話をするようにと呼びかけておられます。それはヨナを思い起こさせます。
ヨナに何が起こりましたか?神は彼をニネベに遣わし、そこで宣教させました。しかし彼は逃げようとしました。彼は船に乗って逃げ出しました。神には見つからないだろうと思ったのです。その時、嵐が来て、船員たちは命を失うことを恐れました。ヨナは言いました。神は私に怒っています。あなたたちを救うために、私を海に投げ込んでください。そこで彼らは彼を海に投げ込みましたが、神はクジラを遣わされました。ヨナは生き延びることができ、クジラは彼を乾いた陸に吐き出しました。そしてヨナは神の声に従うことを決意しました。
ダベッタはダラムに2年間住んでいました。彼女の住居はここから5マイルも離れていませんでした。彼女はすぐそこにいたのです。私たちは彼女がそこにいたことを知りませんでした。今、彼女を見てごらん。彼女は州のリーダーです。ここでの結論は、あなたが経験していることが何であれ、一人で経験する必要はないということです。ここには美しい信仰のコミュニティがあります。私たちはお互いのためにここにいるのです。就職活動中の祝福二世たちから、推薦状を頼まれたこともあります。真の父母様を信じるなら、私たちはこの共同体の一員です。真の父母様に祝福されたなら、私たちの仲間です。神を礼拝する方法は一つではありません。誰もがそれぞれの方法で神を礼拝します。確かに私はティムと同じ礼拝の仕方ではありません。しかし、私たちはお互いの神への行き方を尊重し、自分の良心に忠実でありたいのです。もしあなたが先に天国に行ったら、私を引き上げてください。私が先に行ったら、あなたを引き上げてあげます。私と一緒に祈りを捧げてください。
親愛なる天の親、
今朝、私たちは家族、共同体、信仰、そして私たちがあなたと関わり、互いに関わろうと努力するあらゆる方法について話してきました。私たちはただ、あなたが私たちをとても愛してくださっていることを知っています。
私たちに対するあなたの忍耐は、私たちの自分の子供に対する忍耐や愛に似ています。あなたは私たちに多くのことを教えてくださいました。そして今、私たちは最後の1マイルを進み、私たちが始めたことをやり遂げることができるよう祈っています。この世界がゴミの巣窟になることを許さず、この世界を、昨日UPFのイベントで私たちが行ったように、あなたが本来思い描かれたように、すべての家族が共に暮らし、互いを思いやり、耳を傾け、厳しい言葉ではなく、柔らかい言葉で話すことによって、物事を解決していくことができるように。
毎日が新しい啓示です。私たちは毎日、私たちが人生で抱えているあらゆる問題を、あなたが導いてくださっていることを知っています。そのために、今日ここにいるすべての人に感謝しますし、教会に来ているかどうかにかかわらず、すべての祝福された夫婦と子供たちに感謝します。私たちはただ、一人ひとりがあなたにとってかけがえのない存在であることを強く感じています。ありがとうございます。祝福された中心家庭の名によって祈ります。
2023年12月6日水曜日
逆境と私たちの姿勢
Triangle Family教会の説教日本語訳 ー 「逆境と私たちの姿勢」2023年12月3日 原文説教
今日は逆境と私たちの姿勢についてお話しします。その前に、皆さん一人ひとりが本当に尊い存在であることについて、少し触れておきたいと思います。
数年前、私は原理修練会のためにラスベガスに行く途中に化石の森国立公園に行きました。そこには、宇宙の始まりから終わりまで、創造にどれだけの時間がかかったかを示す人類の歴史年表がありました。その年表は全体を1年として表示されていました。宇宙の発展の中で地球が何十億年前に形成されたと言われています。宇宙の初めからを一年とすると、1秒でも非常に意味のある時間になります。人類が現れるのは一年の最後の10秒にしかなりません。人類が12月31日に登場するまでに費やしたすべての歴史と努力、そして何十億年という歳月は、神が自分の子どもたちのために費やした努力の量であり、あなたがたが神にとってどれほど大切な存在であるかを表しています。
自然は神の愛を表しています。神が何十億年という歳月をかけて努力した結果なのです。神は毎日あなたに会うのを楽しみにしていました。神が私たち一人ひとりにどれほどの努力と愛と期待をかけておられるかを考えてみてください。なぜなら、神の夢は宗教を形成することではなく、神を中心とした家族を形成することであり、神を中心として共に生きることであり、それは理想的な家族が祝福され、理想的な家族が国家や世界に存在することによってのみ達成されるものであり、そうでなければ神の夢は実現しないからです。そうでなければ、神の夢は実現しないのです。お父様の言葉によれば、神は礼拝や宗教の世界に興味があるのではなく、真の家族の世界を望んでおられ、そこでは誰もが神のもとに属し、心と愛において神を代表して神とひとつになるのです。私たちには、神と分かち合うはずのそのような関係があります。
私たちは人生で多くの葛藤を経験します。私も多くの葛藤を経験してきました。経済的なことであったり、感情的なことであったり、実にさまざまなことがあります。世界を見渡せば、不公正なことがたくさんあり、本当に腹が立ったりします。そのような状況の中で、私はどうすれば神のような人間になれるのだろうか?今の世界を見ることで、このような状況から自分を切り離すにはどうしたらいいのか。それが、「逆境と私たちの態度」を題目にお話しようとした理由です。
真のお父様は、敵に直面したときでさえ、素晴らしい態度を取られます。法廷で訴追された時、お父様は検察官の手を握りに行かれました。逆境や試練や苦難に直面したとき、私たち自身もそのような態度が必要です。
私は歴史を振り返り、アメリカの成り立ちと建国の父について考えました。建国の父たちが成し遂げたことには素晴らしいものがあります。彼らは逆境や苦難を乗り越え、国家を形成し、強大なイギリス軍と存亡をかけて戦いました。建国の父ジョージ・ワシントンは23歳という若さで、フレンチ・インディアン戦争中にエドワード・ブラドック将軍のもとに従軍しました。軍隊が森の中を行進中にフランスとインディアン軍に待ち伏せされ、激しい戦闘が勃発しました。戦闘によりブラドック将軍を含む900人以上が死亡しました。
後にワシントンは上着に4つのマスケット銃の弾痕を発見しました。上着に4発の銃弾が貫通し、2頭の馬が撃たれたにもかかわらず、ワシントンは逃げ延びることができました。
これはほんの一例に過ぎず、神の足跡がいかにアメリカに残されているか、そして神のアメリカに対する期待がいかに大きいかを示す話はたくさんあります。もうひとつ、驚くべき話をします。フランスから約800門の大砲が送られ、デューク提督の指揮の下、ルイバーグ・ノヴァ・スコシアを攻撃し、イギリスから領有権を主張しました。新世界をめぐるこの2つの大帝国間の争いにおいて、フランス軍はニューイングランドの海岸を攻撃し、ジョージアやカリブ海の島々まで南下する予定でした。これは、アメリカ植民地時代の東海岸に住む人々の心に大きな恐怖をもたらしました。イギリスの植民地には、大艦隊に対抗できるものは何もありませんでした。大西洋岸の町々は、正面から戦って勝つことなど望むべくもなかったし、自分たちの家を守ることもできなかった。フランス艦隊の来航の知らせは植民地住民の間に広まり、多くの人々が教会に集まりました。マサチューセッツ州ボストンのオールド・サウス集会場と呼ばれる教会で、彼らは神に助けと保護を祈っていました。サミュエル・アダムズもベンジャミン・フランクリンも、最終的にはこの清教徒が建てた教会員になりました。トーマス・プリンス牧師は説教壇に上がり、敵から救い出してくださるよう主に祈り求めました。主が右手を挙げ、フランス艦隊が航行しているところに強力な嵐を送ってくださるようにと。その日、大風が吹き荒れ、教会の窓を揺り動かしました。尖塔には誰もいなかったが、教会の鐘は二度鳴り響きました。牧師はすぐに両手を上げて、祈りが聞かれたと叫びました。やがて、オールド・サウス集会場でのその日の出来事は、この地域一帯に希望を与えました。フランス艦隊13,000人、大砲800門が嵐によりほぼすべて失われました。神の力と摂理によって脅威が去ったのです。
アメリカは神のモデル国家です。あなた方一人ひとりが、神が計画されたこの摂理の貴重な一部なのです。信仰生活の中で、神に祈っても必ずしも答えが返ってこないことが多いです。神が祈りを聞いていないと感じることもあります。お父様がスピーチでおっしゃったように、私たちは孤独だと感じることがあります。そのような時に私たちは自分の内面を見つめなければなりません。そして、今私が置かれているような状況で、お父様ならどうされるかと考えてみます。自分ではどうしようもないことは無数にあるかもしれないが、本当にコントロールできるのはそれに対する自分の反応だけです。私たちの態度はとても大切になります。
一見何の変哲もないように見えるあらゆる物事に霊的な意味を持たせる態度を養う必要があります。
私たちの概念を変える必要があります。私たちの態度は、霊的な助けを受けるために準備されなければなりません。お父様のみ言葉を使い、霊的な力を受け取るためのチャンネルを自分自身に作らなければなりません。どのようなものであれ、私たちはその中に高貴さを探し求め、あたかも真の父母様が直接所有されているかのように扱わなければなりません。私たちが自然界で目にするすべてのものは、神の手によって成形され、創造されたものです。水はすべて、私たちを生かし、養うために神により造られたものです。私たちが口にする食べ物には、正しい態度と正しい心があれば、聖なる意味があります。些細なことでさえ、違いを生み出すことができます。
世界は狂っているように思われるかもしれないが、もしあなたが正しい態度と正しい心を持っているなら、あなたの心は神の心と共鳴することができます。共鳴とは同じ周波数で振動することです。あなたの心が神と同じ周波数で振動すると、神との関係が深まり、インスピレーションに基づいて行動するようになります。あなたは神の心と状況を感じるようになります。
私たちはお互いを真の兄弟姉妹として受け入れ、神が私たちを見て愛してくださるように、本当に愛し合わなければなりません。それはとても重要なことで、私たちはお互いを裁いたりするためにここにいるのではなく、支え合い、愛し合い、私たち全員がより良い人間になるためにここにいるのです。祝福によって、2世が現れました。2世たちは、私たちよりもはるかに高い次元に行くことができます。世代を経ていくうちに地上から罪がなくなるのです。
真のお母様が以前おっしゃったのを聞いたことがありますが、私たちは、罪が存在しなかったことになるところまでいかなければならないのです。神は決して罪を思い出したくありません。
祈りはとても重要です。須藤先生は、祈りは私たちの魂の糧のようなものだと言われました。祈りの中でつながるとき、私たちは最も深く意味のある方法で神とつながることができます。私たちは今、奇跡的で信じられないようなことを求められているのですから、私たちだけではできません。祈りが必要になります。どのように神とつながるかについて祈ればいいです。それは一種の尊敬の生活にならなければなりません。どんな人であろうと、子どもであろうと、お年寄りには敬意を払い、自分の言葉を口にする前に3回よく考え、常に謙虚な姿勢で、自分の持っている最高のものを他の人と分かち合うのです。だからこそ、なコミュニティがとても重要なのです。私たちはただ日常生活を送るだけでなく、互いに助け合うためにここにいるのですから。
私たちには弱いところがありいますが、強いコミュニティがあれば乗り越えられます。本当に互いに愛し合うことで、神を私たちの心に、私たちの心を私たちの共同体に取り込むことができるのです。これが私の基本的なメッセージです。
ジョージ・ワシントンの部下たちのほとんどは、冬の寒さの中で靴さえ持っていませんでした。彼らは雪の中、裸足で行進していました。彼らは進み続けました。彼らは信じられないほどの信仰と神への愛を持っていました。私たちは神から逃げることはできません。神のために自分の人生を捧げたり、神の状況を助けるために何かをしようとしたりすることで、損をするかもしれないと思うかもしれないが、実際にはすべてを得ているのです。私たちは、永遠の命への準備としてこの人生を生きています。私たちは永遠の残りの人生を何百万年も生きることになるけれど、今ここで私たちがしていることはとても重要なことです。どれだけ互いに愛し合うことができるか、どれだけその愛を他の人々に示すことができるかです。
私は木曜日と金曜日にバラを売りに行きます。外に出たくないときもあります。寒くて、風が吹いて、雨が降っていることもあります。でも祈って出ていくと、神が働いてくださったように、私がしていることを励ましてくれる人に会うことがあります。私たちは影響力を持っているのです。私たちを取り巻く環境に影響を与え、私たちに対する人々の反応に影響を与えます。神は本当にあなたたちを愛しています。あなたたちは歴史上の人物です。神はあなた方を深く愛し、気にかけておられます。それが私のメッセージであり、これを神に捧げられることを願っています。
私はいつも、神が私を用いて、神が皆さんに伝えたいことを何でも届けられるよう祈っています。ありがとうございました。それでは祈りを捧げたいと思います。
親愛なる天の父母様、
私たちはここに集まりました。天の父母様、私たちはとても感謝しています。天の父母様、私たちは互いに神、原理があり、真の父母様がおられ、この祝福を他の人々と分かち合いたいという深い心と深い願いを持っています。天の父母様、私たちがこの時代に生きていることは驚くべきことです。天の父母様は、近い将来、人類が歩む方向全体を変えることができるのです。私たちは、平和の母として世界の光と希望の光である真のお母様が、すべての人種、すべての文化、すべての宗教を一つにすることを望んでおられることを天の父母様に祈ります。私たちは神の下にある家族です。ですから、私たち兄弟姉妹一人一人の才能と能力を活かしてくださるよう祈っています。私たちはあなたを支え、理想を支えることができるのです。天の父母様の願いは私たちが互いにあるべき喜びと愛の世界を創造することだけです。天の父母様、そしてあなたを中心にして、私たちは今日ここでお会いできたことを感謝します。そして、ティム・デイビス家庭の名において、ここにいるすべての人を代表して祈り、捧げます。
2023年12月5日火曜日
自身が何者であるかを探求して
Triangle Family教会の説教日本語訳 ー 「自身が何者であるかを探求して」2023年11月19日 原文説教
「自身が何者であるかを探求して」という題目でお話したいと思います。日曜学校の「醜いアヒルの子」のレッスンからヒントを得ました。若い聴衆が興味をもって聞いてくれることを願います。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスと古代中国の哲学者老子は、自分自身を知ることについて言及しています。
「自分自身を知ることは、すべての知恵の始まりである。」アリストテレス
「他人を知ることは知性であり、自分を知ることは真の知恵である。」老子
創世記1:27の聖書の一節を読みます。これが今日のメッセージの鍵になりますので、この聖書の一節を心に留めておいてください。
「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。」
アイデンティティについて考えさせるために、2つの物語を紹介したいと思います。最初の話は、羊に育てられたライオンの話です。
あるとき、身ごもったライオンが出産後すぐに死んでしまいました。生まれたばかりの子ライオンはどうしていいかわかりませんでした。彼は歩き回り始め、羊の群れに出会いました。母羊はその子ライオンを見て、彼を自分の子として育てることにしました。
彼は羊とともに成長し、羊のように考え、行動するようになりました。羊のように草を食べたりもしました。
彼は他の羊たちから、あまりの違いにからかわれました。「お前の声は変だ。お前は羊の家族の恥だ。」とまで言うものもいました。
彼は羊たちと違っていることに心を痛めました。
ある日、年老いたライオンが羊の群れを見つけ、襲うことにしました。襲っている最中、老ライオンは若いライオンが他の羊と一緒に逃げていくのを見ました。
年老いたライオンは好奇心に駆られ、若いライオンを追いかけることにしました。
他のライオンを見たことのない若いライオンは、恐怖に震えながら言いました。「私はただの若い羊です、どうか逃がしてください」。
それを聞いた年老いたライオンは言いました。「何だと。お前は羊ではない。私と同じライオンだ。」
若いライオンは言い続けました。「見逃してください。」
そこで老ライオンは思いつきました。老ライオンは若いライオンを近くの川に連れて行き、自分の姿を見るように言いました。その姿を見て、若いライオンは自分が本当は何者なのかを悟りました。
二つ目の話は、魚が猿に木に登れないとからかわれた話です。
ある日、魚が川岸に近づいて泳いでいると、「水はどうだ?」という声が聞こえました。
魚は木の上に座っている猿を見ました。魚は微笑んで、「水は温かくて気持ちいいですよ。」と答えました。
猿は少し嫉妬して、魚を貶めてやろう考えました。「水から上がって、この木に登ってごらん。ここからの眺めは本当に素晴らしいよ。」
魚は悲しそうに答えました。「木の登り方も知らないし、水がなければ生きていけません。」
猿は魚をからかいました。「木にも登れないようでは、お前はまったく価値のない奴だ。」
この言葉を聞いた魚は考え込み、ひどく落ち込みました。「猿の言うとおりかもしれないな。木にも登れない自分には価値がないのかも。」
川にいた別の魚が、その魚が落ち込んでいるのに気づき、「どうしたの?」と尋ねました。
魚は猿とやり取りについて話しました。別の魚は笑って、言いました。「木に登る方法を知らないから、猿がおまえを無価値だと思っているのなら、泳ぐことも水中で生きることもできない猿も無価値さ。」
数日後、猿は足を滑らせて水に落ち、溺れ死んでしまいました。
アルベルト・アインシュタインが言ったとされる言葉があります。「誰もが天才であるが、木登りの能力で魚を判断すれば、その魚は一生、自分は愚かだと信じて生きるだろう。」
つまり、人にはそれぞれ違った能力があるということです。すべての人を同じ尺度で判断することはできません。
醜いアヒルの子や羊に育てられたライオンのように、多くの人が人生のどこかで自尊心の低さや否定的な自己イメージに苦しんでいます。
魚と猿の物語に出てくる魚のように、周囲から受け継いだ制限的な信念のせいで、自分の本当の可能性に気づくことができないこともあります。
自尊心の低さは、さまざまな要因によって引き起こされます。
一般的な原因には以下のようなものがあります。
- 幼少期の愛情や積極的な交流の少なさ
- 幼少期のトラウマや虐待
- 失敗や拒絶
- アイデンティティや居場所を見つけられない
アイデンティティを見つけることで、自尊心の低さを克服し、本来の可能性に気づくことができると言えます。
アダムとエバが堕落によってアイデンティティを失って以来、アイデンティティを見つけることは人類の歴史を通して課題となってきました。
アダムとエバがどのようにしてアイデンティティを失ったのかを検証してみましょう。
創世記3:2-5
女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、
ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。
へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。
それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
へびに象徴される天使長ルシファーが言った「神のような者になる」というのは、自分たちのルールを作り、好きなことをし、好き勝手な人になるということであって、本当の意味での神のようになるというのとはまったく違います。
ルシファーによって導入された神のような者になるというコンセプトは、特に若者にとっては聞こえがいいでしょう。今日の社会は、ルシファーと同じように若者たちに教えています。しかし、アダムとエバがルシファーに教えられたとおりに行動したために、アダムとエバ、そしてその子孫たちに何が起こったかを覚えておく必要があります。
アダムとエバは悪を知り、罪深くなり、神から離れたので、神との霊的な類似性を失いました。
アダムとエバは神との人格的な類似性を失い、恥じ、恐れ、罪のゆえに互いを責め、神を責めるようになりました。
帰属の場所は、私たちのアイデンティティを見つけるための重要な要素です。人間は社会的存在であり、一人では生きていけません。私たちは自然に帰属の場所を求めます。
帰属意識とは、ある集団の一員であることが受け入れられ、包摂され、アイデンティティが確立されたときに感じる安心感や支えのことです。
しかしながら、帰属の場はアイデンティティを見つけるための諸刃の剣となり得ます。
真のアイデンティティを見つけるのに役立つこともあれば、難しくすることもあります。
2世の間で起こりうる2つの葛藤があります。
1. 教会の外の世界で自分の居場所を見つけられない。
教会・家族と外部の世界での価値観の対立があります。
教会外の世界で自分の居場所を探そうとすると、羊の中のライオンのように、私たちを別の価値観のアイデンティティへと押しやるかもしれません。
2. 教会内に居場所を見つけられない。
教会が自分の居場所ではないと感じる理由はたくさんあります。
熱心なメンバーを見て、「自分も彼らのようにならなければ教会に所属できないのだろうか」と思うかもしれません。
教会がやっていることは理にかなっていないかもしれないし、自分が教会に所属しなければならない理由を見つけるのは難しいかもしれません。
ひとつ覚えておかなければならないのは、私たちの真のアイデンティティーと帰属の場所は、神との関係の中に見つけられるということです。神は、神への信仰を持つ者だけの存在ではなく、すべての人のための存在です。私たちは教会から逃げることはできても、神から逃げることはできません。神はどんなことがあっても私たちに手を差し伸べ、神のようになるチャンスを与えてくださります。
私は最近、オスカー・シンドラーのことを学び、彼の背後で神が働いておられると感じました。彼は間違いなく偉大な人物でした。
彼はホロコーストの際、ポーランドの工場でユダヤ人を雇用し、1,200人の命を救いました。1993年、彼と妻のエミリーはイスラエル政府から「諸国民の中の義人」に選ばれました。
しかし、彼は最初から偉大な人物だったのでしょうか?
彼は当初、自分自身と金儲けビジネスの成功だけを考えていました。
若い頃のニックネームは「詐欺師のシンドラー」でした。
彼は1931年と1932年に何度も公然酩酊で逮捕されています。また、この頃、結婚生活以外の不倫関係もありました。
彼はユダヤ人という人種を、手っ取り早く、安く、簡単に自分のために働かせ、金儲けを始めることができる方法だと考えていました。
今日のキャンセル文化であれば、総スカンされてもおかしくありません。しかしその後、彼はユダヤ人の命を救うために財産を費やすというように変わりました。
ユダヤ人の命を救うという彼の動機が完全に明らかになることはありませんでした。彼の口からもはっきりとした動機は語られませんでした。神が彼をユダヤ人の希望の光に変えたのだと思います。
神はすべての人が世の光となることを望んでおられます。
天台宗の教えに「一隅を照らす」というものがあります。
そこにはこう書かれています。
「国家の富は物理的な富ではなく、仏陀を信仰し、それによって暗闇を照らす個々人にあります。誰もが自分の中に仏性を持っており、私たちはこの深遠な真理に目覚めなければなりません。」
ウィリアム・シェイクスピアの『ヴェニスの商人』からの引用です。
「その小さなろうそくが、どれほど遠くまで光を放つか!その小さなろうそくは、なんと遠くまでその光を放つことだろう。」
イエス様は言われました。
「あなたは世の光である。人々があなたの良い行いを見て、天におられるあなたの父をあがめることができるように。」
Netflixの番組『All the Light We Cannot See』に感銘深い言葉がありました。
「光が輝くとき、闇は消える。」
真のお母様は、神のひとり娘であることを大胆に宣言されています。
ありがたいことに、私たちにはこのような真のお母様がおられます。
アダムとエバの堕落以来、神の子としてのアイデンティティは失われてしまいました。
神の子としての真のアイデンティティを宣言することは、非常に難しい課題です。
それを成し遂げたのは、イエスと真の父母だけです。
皇帝、王、大統領、指導者のような権力者たちは、自分たちの利益のために神の名を利用し、ルシファーがもたらした概念である偽りの「神」のように振る舞いました。
真のお母様が「神の唯一の娘」と宣言されたことを、偽りの「神」概念の色眼鏡で見る人は容易に誤解するでしょう。
真のお母様は、他の誰よりも自分を上位に置くこと目的に宣言されたのでしょうか?
真のお母様は、常に私たちに神の孝子であれ、孝女であれと言っておられます。
若いライオンは、自分の姿を映し出す鏡を見て、自分のアイデンティティを見出しました。真のお母様は、私たちが自分自身を見つけることができるように、神の姿を映し出してくださっているのです。
真のお母様のみ言葉を読んで、私のメッセージを締めくくりたいと思います。
「私たちは、真の父母様と祝福された子女たちが天の父母様と共に生きる天国の生活を地上に創造しなければなりません。
この美しい地球は6000年もの間、人間の無知によって自然災害に見舞われてきました。これは深刻な問題です。将来、生物が生きていくための酸素や水が足りなくなると言われています。今日、私たちがこの世界を改善し、愛する子供たちのためにこの未来を変えることができないとしたら、親として心が痛みます。私たちは何をすべきなのでしょうか?私たちは、正しい人々、プロフェッショナルな人々、天がこの時代のためにあらゆる方法で用意した人々を導かなければなりません。
ですから、皆さんには明るく幸せな未来が訪れることを願っています。たとえ親不孝者であったとしても、皆さんが創造主である天の父母様に親孝行な息子や娘になることを心から願っています。」
2019年10月24日木曜日
Azure 管理者アソシエイツ学習ノート7 「Azure ファイルの設定」
- Azure ファイル共有を作成する
- Azure File Sync サービスを作成する
- Azure 同期グループを作成する
- Azure File Sync のトラブルシューティング
- ストレージ同期サービスのデプロイ
- Azure File Sync エージェントのインストール
- Windows Server のストレージ同期サービスへの登録
- 同期グループとクラウド エンドポイントの作成
- サーバー エンドポイントの作成
- ファイアウォールと仮想ネットワークの設定の構成