2023年12月12日火曜日

甘受

Triangle Family教会の説教日本語訳 ー 甘受」2023年9月17日 原文説教

 今日は「甘受」についてお話ししたいと思います。甘受は、私の好きな日曜学校の聖書学習のひとつ、ヤコブの12人の息子の一人であるヨセフから学ぶことのできる教訓のひとつです。ヨセフは奴隷として兄たちにエジプトに売られましたが、最終的にはエジプトの首相になりました。ヨセフは奴隷であることを受け入れ、ただ主人のために働きました。冤罪で牢獄に入れられた時も、状況を受け入れて懸命に働きました。甘受を通して神はヨセフのうちに力ある御業を示されたのです。

聖書を読みましょう。ヨハネの福音書9章からです。

イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。

弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。

イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。

わたしは、この世にいる間は、世の光である」。

イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた、

「シロアム(つかわされた者、の意)の池に行って洗いなさい」。そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。

甘受とは何でしょうか?人間心理学における甘受とは、人がある状況の現実に同意することであり、それを変えようとしたり抗議したりすることなく、すでに起こっているプロセスや状態(多くの場合、否定的な状況や不快な状況)を認識することです。

甘受は弱さやいいなりになることの現れでしょうか?

答えは否だと思います。しかし人によっては、そのとおりだと思うかもしれません。信仰生活にとってもう一つ重要な要素は「赦し」である。甘受と赦しはしばしば弱さの現れとみなされる。今日は「甘受」に焦点を当てます。私たちは、周囲の人々や環境が思い通りに動き、すべてが良い方向に向かっているとき、幸せだと感じるものです。しかし現実には、私たちをイライラさせ、「なぜこんなことが起こるのだろう?」と思わされるような障害がたくさんあります。

不愉快な状況に直面したとき、私たちは通常どのように反応するでしょうか?

受け入れるか、抵抗するか、避けるか、変えようとするでしょうか。

私たちは、自分に有利なことは良いことで、自分に不利なことは悪いことだと考えがちです。だから私たちは通常、不快な状況に抵抗したり、避けたり、変えようとしたりします。

甘受は、むしろ仏教の概念に近いと思います。甘受に関する仏教の教えを見てみましょう。仏教では、4つの普遍的な苦しみがあると教えています。 

生、病、老、死です。

そして、苦しみには何らかの意味があり、苦しみを終わらせる道があると説いています。

善悪、損得、勝ち負けといった自分の視点だけでは、事態の全体像は見えてきません。

浄土真宗では「南無阿弥陀仏」と唱えることを教えています。

「南無阿弥陀仏」とは、阿弥陀仏に帰依するという意味です。

高次の存在を信頼して受け入れることで、私たちは異なる視点から物事を見ることができるようになるのです。

次に、心理療法と神経科学の観点から甘受を見てみましょう。

甘受(アクセプタンス)を重視する心理療法があります。アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)と呼ばれるものです。ACTは心理療法の一種で、ネガティブな考えや感情、状況に対処する際に、それらを変えようとしたり避けようとしたりするのではなく、受け入れることによって対処するように導きます。

ACTは、変化する状況や感情に適応する能力が精神的な幸福に不可欠であるという考えに基づいています。

甘受の重要性は、以下の「平穏の祈り」の中で長い間認識されてきました。

「神よ、変えられないものを受け入れる平静と、変えられるものを変える勇気と、その違いを知る知恵をお与えください。」

受け入れることにより、私たちの人生のポジティブな側面に焦点を当て、私たちが持っているもの、私たちにできることに感謝することができるようになります。

甘受の利点には次のようなものがあります。

怒り、悲しみ、恐れ、罪悪感など、ネガティブな感情を抑えることができます。

失敗から学び、コントロールできることに集中することで、挫折や困難から立ち直る回復力と能力が高まります。

足りないものにくよくよするよりも、今あるものに感謝し、感謝する気持ちを高めます。

ポジティブな思考が生まれると、脳はセロトニンを生成し、幸福感を生み出します。セロトニンレベルが正常であれば、人は幸福感を感じ、落ち着き、不安が減り、集中力が増し、情緒が安定します。

最後に、若い聴衆にメッセージを送ります。体内でポジティブな感情や幸福感を生み出す「幸せホルモン」と呼ばれるホルモン群があります。

セロトニンは4つの「幸せホルモン」のうちのひとつで、その基礎となるホルモンです。セロトニンは第一祝福、すなわち心身の一体化をもたらします。オキシトシンは第二祝福をもたらします。愛情ホルモンと呼ばれています。ドーパミンとエンドルフィンは第三祝福をもたらします。ドーパミンは、人が快楽的な活動をするときに放出され、中毒を引き起こす可能性があります。

ドーパミンが大量に分泌されると、競争的、攻撃的、衝動的な行動をとるようになります。また、不安や睡眠障害、ストレスを引き起こすこともあります。

一般的に若者の脳にはドーパミンが多いと思います。若者が衝動的な行動をとるのと関係があると思います。アダムとエバも堕落する前はドーパミン過多であったと思います。若者は学問的な達成やキャリアを求めたり、永遠の配偶者を探したりしますが、ドーパミン型のアプローチで行動しがちです。自分自身に焦点を当てているのです。

若者の特徴と教訓を示す孫悟空の物語を紹介したいと思います。 

孫悟空は16世紀の中国の小説『西遊記』の主人公の一人としてよく知られています。

孫悟空は多くの能力を持っていましたが、同時に多くの問題を起こしました。

孫悟空は傲慢でしたた。自分は何でも知っている、何でもできる、仏陀のような高次の存在は必要ないと考えていました。若者の特徴に似ていると思いませんか?私が大学に行った時もそうでした。幸い、私は真の父母様と出会い、自らの立ち位置を見つけました。お釈迦様は孫悟空に特別な使命があることを知っておられました。だからお釈迦様は孫悟空にまずやりたいことをさせて、それから自分の立ち位置を悟らせたのです。

ある日、お釈迦様は孫悟空に手のひらから逃げられるかどうかと試しました。

孫悟空はその勝負を受け入れました。孫悟空は宇宙の果てまで飛んでいきました。そこに5本の柱がそびえ立つだけで、何もないのを見て、宇宙の果てに到達したと思いました。その証明に、彼は柱に「斉天大聖」と記しました。そして、仏陀のもとに戻り、勝負に勝った主張しました。しかし5本の「柱」が仏陀の手の指であったことを悟るのでした。

その後、孫悟空は唐の時代の仏教僧がインドに渡り、仏教の聖典を手に入れるのを助けることになったのです。

この社会は若者にドーパミン型のアプローチを教えています。

真の父母様の教えはその反対で、セロトニンタイプです。

  • 天宙を主管する前に自己主管。
  • 動機づけを無私に浄化する。
  • 最大限の努力をし、結果を待ち、結果を神の御業として受け入れる。

これらは、私が真の父母の御言葉と経済復帰活動の経験から学んだ教訓です。私は経済復帰活動をするとき、企業がするように目標を立てました。今日はこれだけ稼ごうとです。しかし数字にこだわるとうまくいきません。断られることが多かったです。逆に、与えられた地域の人々に奉仕するという目的に集中すれば、うまくいきました。経済復帰活動は、自分の動機を振り返り、浄化するための訓練でした。 「最大限の努力をし、結果を待ち、結果を神の御業として受け入れる」という姿勢は、人生のさまざまな場面で応用できます。

経済復帰活動の際、私たちは何度も否定されるものです。当時は商品を買ってくれた人に感謝し、買ってくれなかった人は嫌だと思いました。しかし、振り返ってみると、どちらが私たちをより成長させてくれたでしょうか?それは否定した買ってくれなかった人たちです。動機を反省させてくれたからです。そう考えると、否定した人たちにも感謝の気持ちが湧いてくるようになります。

私たちは神の手の中にあるというのが結論です。

自分自身に焦点を当てるドーパミン型のアプローチは、神の力ある御業を見えなくします。

受け入れることで、神の偉大な御業が見えるようになります。

私たちの動機を浄化し、「天一国遊記」の登場人物となりましょう。

お祈りしましょう。親愛なる天の父母様、ここに集い、天の父母様を礼拝し、自分自身を振り返り、天の父母様とつながる時を持てたことを感謝します。私たちは皆、あなたの手の中にいます。しかし、多くの場合、私たちはあなたの愛から逃れ、無視しようとします。特に若い人たちは、自分自身に多くの能力、野心、自信を持っています。天の父母様からの助けは必要ないと思っているかもしれません。しかし、天の父母様は、私たちがあなたの手の中にいることを受け入れた時、私たちは立ち位置を見つけることができるのです。天の父母様、私たちの人生の正しい立ち位置を見つけさせてください。私たちは天一国への旅路にあります。真のお母様が導いておられます。天の父母様、私たちは天一国への旅路に貢献するために最善を尽くしましょう。天の父母様、ありがとうございます。ここに集まった兄弟姉妹の名において、すべてのことを報告したいと思います。

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